コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

オボテ オボテ Obote, (Apollo) Milton

3件 の用語解説(オボテの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

オボテ
オボテ
Obote, (Apollo) Milton

[生]1924.12.28. ウガンダ,ランゴ
[没]2005.10.10. 南アフリカ共和国ヨハネスブルク
ウガンダの政治家。 1948年カンパラのマケレレ・カレッジに入ったが,在学中の政治活動が災いして中退。 1950年ケニアに移って,ケニア・アフリカ人同盟 KAUの創設に参加。 1957年ウガンダに戻って,1960年ウガンダ人民会議 UPCを設立。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

オボテ

ウガンダの政治家。1960年ウガンダ人民会議(UPC)を結成して総裁となり,1962年独立とともに初代首相。1966年ムテサ王を廃して大統領となったが,1971年クーデタが起こり,タンザニアに亡命。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

オボテ
おぼて
Apollo Milton Obote
(1924―2005)

ウガンダの政治家。北部のランゴに生まれる。マケレレ大学卒業後ケニアで働き、ケニア・アフリカ人同盟(KAU)に参加。1956年帰国し、ウガンダ国民会議UNC)に参加した。1957年ウガンダ立法評議会議員となり、1960年ウガンダ人民会議(UPC)を結成。1962年10月、立憲君主国として独立とともに首相に就任、1966年国王ムテサ2世を追放して大統領となる。1971年外遊中アミンクーデターにより失脚、タンザニアに亡命。1978~1979年のタンザニアとの戦争でアミンが失脚したのち、1980年選挙で再度大統領に復帰した。オボテ国際通貨基金IMF)の支援する経済再建計画を実施したが、国内の反オボテ勢力の抵抗にあい、1985年オケロBasilio Olara Okello(1929―1990)の率いる反政府軍が首都カンパラに侵攻、オボテはケニア、ついでザンビアに亡命した。2005年南アフリカヨハネスバーグにて死去。[林 晃史]
『Kenneth Ingham Milton Obote(1994, Routledge, London & New York)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

オボテの関連キーワードウガンダ拝所願立てボウガン竜頷竜顔ガンダム無双3SDガンダムフォース注入岩ウガンダ岩

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone