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オリンピオ Olympio, Sylvanus

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

オリンピオ
Olympio, Sylvanus

[生]1902.9.6. ロメ
[没]1963.1.13. ロメ
トーゴの政治家。ポルトガル人の血をひく有力な家系に生れ,第1次世界大戦後ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに学んだ。 1926年ユナイテッド・アフリカ会社に入り,29年トーゴランド地区支配人という当時の外国企業で働くアフリカ人としては破格のポストに昇進。産業界に基盤を築きながら政界に進出,41年トーゴ国民統一党 CUTの副議長となり,多数部族であるエウェ族の統一に力を入れた。 56年住民投票によりイギリス領トーゴランドがガーナに帰属することに決定したため,統一運動は挫折。同年フランス領トーゴランドが自治共和国になった際の選挙では,N.グルニッキーのトーゴ進歩党 PTUに敗れたが,58年の選挙では圧勝し,首相に就任。 60年4月トーゴは独立国となり,翌 61年4月の選挙で CUTは全議席を独占,初代大統領に選ばれた。彼は与党に有利な選挙制度を導入したことや,大統領に権力を集中したことなどのために野党からの強い批判にさらされ,またその親フランス的政策のために与党内部にも青年層から批判の声が高まった。こうした情勢を背景に,63年1月フランス軍から除隊した復員軍人に十分な職を用意できなかったことが直接の契機となって軍の反発を招き,暗殺された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

オリンピオ
おりんぴお
Sylvanus Olympio
(1902―1963)

トーゴの政治家。ロメに生まれ、フランス領トーゴ地域で生活していたが、ロンドン大学に学び、1926年イギリスの商社、統一アフリカ会社(UAC)に雇われ、のちにトーゴ地区支配人になった。イギリス領、フランス領トーゴに分離されていたエウェ人の統一化を図ったが、イギリス領トーゴランドはガーナに吸収された。親フランス的なニコラス、グルニツキーとは対立し、トーゴの完全独立に努力した。1960年に独立を達成したとき初代大統領に就任したが、北部住民ならびに自派トーゴ統一委員会(CUT)の急進派の反対が大きくなり、1963年1月、正規軍編入を要求していた退役兵士によって暗殺された。[中村弘光]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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