オルレアン公フィリップ(読み)オルレアンこうフィリップ(その他表記)Orléans, Philippe II, Duc d'

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「オルレアン公フィリップ」の意味・わかりやすい解説

オルレアン公フィリップ
オルレアンこうフィリップ
Orléans, Philippe II, Duc d'

[生]1674.8.2. サンクルー
[没]1723.12.2. ベルサイユ
フランスの摂政 (在任 1715.9.2.~23.2.22.) 。オルレアン公フィリップ1世の子。 1692年ルイ 14世とモンテスパン侯夫人の娘ド・ブロアと結婚。ルイ 14世は遺言のなかで,オルレアン公には摂政評議会の名誉議長職しか与えず,権力はメーヌ公に譲られた。しかしオルレアン公は,この遺言書をパリ高等法院に破棄させて摂政についた。彼の治世は,ルイ 14世統治期に対する反動を意味し,貴族を政治に参加させ多元会議制度 polysynodieをとった。 J.ローの登用によって (ロー体制) 財政の好転をはかろうとしたが,政治は腐敗した。

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