モンテスパン侯夫人(読み)モンテスパンこうふじん(その他表記)Montespan, Françoise-Athénaïs de Rochechouart de Mortemart, Marquise de

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「モンテスパン侯夫人」の意味・わかりやすい解説

モンテスパン侯夫人
モンテスパンこうふじん
Montespan, Françoise-Athénaïs de Rochechouart de Mortemart, Marquise de

[生]1641.10.5. ポアトゥー,リュサックレシャトー
[没]1707.5.27/28. アリエ,ブルボンラルシャンボー
フランス王ルイ 14世愛妾。 1663年モンテスパン侯と結婚。 64年王妃マリ・テレーズ付きの女官となるが,67年以来王の寵愛を得,その間に生れたメーヌ公を含め8人の子を育てた。豪奢な生活を好み才気美貌をもってベルサイユ宮廷社交界に君臨したが,76年に起ったブーランブリエ毒薬事件にからみ「黒ミサ」を行なった疑いで勢力を失い,マントノン夫人にその地位を奪われ,91年パリのサン・ジョゼフ女子修道院に引退し信仰生活に入った。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む