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カルロス主義 カルロスしゅぎcarlismo

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

カルロス主義
カルロスしゅぎ
carlismo

スペインの政治運動の名称。現在では伝統主義呼ばれる。 1820年以降のスペイン政治における最も反革命的な勢力である。この運動は国王フェルナンド7世の死 (1833) を契機として王弟ドン・カルロス (1788~1855) の王位要求とその支持者 (カルリスタス carlistas) によって始められた。カルリスタスの構成は,保守派の聖職者,貴族,1812年革命の際の急進派ブルジョアジーナバラバスクアラゴンカタルニャの農民たちの同盟から成っていた。カルロス主義の人気は宗教的な狂信主義の活発な宣伝によるか,または 33年以降自由主義派による集権的政治を脅威と感じたバスク,ナバラ,カタルニャなどの中世的特権の擁護のためであった。カルロス主義は国民的運動として展開しようとしたが,結局それは特定の地域における独立農民の繁栄に根ざした地方的現象にとどまった。彼らは外国人嫌い,反自由主義,反議会主義反ユダヤ人主義,道徳的でロマンチック,宗教的には熱烈な不寛容といった特質をもっていた。ドン・カルロスはその王位要求権を長男ドン・カルロス (1818~61) に譲った (1845) 。以後3代目の王位継承ドン・カルロス (48~1909) は,イサベル2世退位後に訪れたカルロス主義の復活を有利に転換させることができず,その後運動は人気を失い,バスクやカタルニャでは工業の発達に伴う新しい有力な地方分権の運動が現れてきて,カルロス主義の強さを維持するのはナバラだけとなった (36~39年の内乱に際して,ナバラ人は最も激しい反政府勢力となった) 。 80年以降カルロス主義は伝統主義者の党派に受継がれ本来の性格は薄れていった。 1960年アルフォンソ 13世の孫フアン・カルロス1世に王位継承権を与えることをほとんどのカルリスタスが承認した。 (→カルリスタ戦争 )  

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