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カール・アウグスト Carl August

世界大百科事典 第2版の解説

カール・アウグスト【Carl August】

1757‐1828
ザクセン・ワイマール公(1815以降大公)。ドイツの代表的な小国啓蒙絶対君主。ゲーテを招いて大臣に任用し,両人相携えて一地方都市ワイマールをドイツの精神文化の中心となした。また〈出版の自由〉を認める憲法を早期に発布し(1816),領内イェーナ大学に発するブルシェンシャフトの運動を保護したことでも知られる。小国の枠にはまり切らぬ剛腹の君主であった。【坂井 栄八郎】

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世界大百科事典内のカール・アウグストの言及

【ドイツ】より


[啓蒙と未熟]
 17~18世紀におけるドイツの領邦諸国家の国制は,西欧諸国と同様に絶対主義のそれであり,18世紀後半には絶対主義は啓蒙絶対主義の段階に入る。啓蒙絶対主義はプロイセンのフリードリヒ2世,またオーストリアのヨーゼフ2世など大国の君主の統治様式に見られるのみならず,ザクセンのフリードリヒ・アウグスト3世義人公Friedrich August III der Gerechte(在位1763‐1827)やザクセン・ワイマールのカール・アウグストKarl August(在位1775‐1828)等中小国にも数多くの例をもって,18世紀後半のドイツ諸国の政治を特徴づけている。しかし〈啓蒙された〉君主の上からの指導力が大きな役割を果たしたことは,反面,国民の下からのイニシアティブの欠如をも意味するのであって,このことはドイツの経済の後進性と,それに由来するブルジョアジーの未成熟の問題と関連している。…

【ワイマール】より

…72年ザクセン・ワイマール公領の首都となり,1775年住民も6000を数えた。カール・アウグスト公(在位1758‐1828)親政下(1775‐1828),勃発したフランス革命の影響もあってドイツ自由主義文化の中心となる。75年以来ゲーテはこの公国の政務を担当し,1832年ここで没した。…

※「カール・アウグスト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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