ガウガメラの戦い(読み)がうがめらのたたかい

日本大百科全書(ニッポニカ)「ガウガメラの戦い」の解説

ガウガメラの戦い
がうがめらのたたかい

紀元前331年に行われたペルシアのダリウス3世とアレクサンドロス大王との間の戦い。ガウガメラGaugamelaはギリシア地誌家によれば「らくだの家」の意。アルベラArbélaの戦いともいわれる。イッソスの戦い(前333)に敗れたダリウスは、ペルシア帝国全土に総動員令をかけて大軍を集結し、次の会戦に国運を賭(か)けた。アレクサンドロスも帝国の中心部を目ざして進軍し、両軍は前331年ティグリス川東岸のガウガメラという小村の平原で激突。敗走したダリウスを追ってそれより約100キロメートル南東のアルベラ(ダリウス軍の輜重(しちょう)本隊駐屯地)に達したとき、玉座付き戦車、日用品が無惨に遺棄されているだけだった。この戦いによってアレクサンドロスは名実ともに「アジアの主」としての地位を決定的にした。翌年ペルシア帝国は滅亡した。

[古川堅治]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「ガウガメラの戦い」の解説

ガウガメラの戦い
ガウガメラのたたかい
Battle of Gaugamēla

アルベラの戦いとも呼ばれる。前 331年 10月1日に,マケドニアアレクサンドロス3世 (大王)の率いるヘラス連盟軍とアケメネス朝ペルシアの王ダレイオス3世の率いるペルシア軍がガウガメラの平原で戦った会戦。戦闘に先立ち,ダレイオスは3万タレントの金とペルシア帝国の半分と王女を差出すことを条件に和を請うたが,アレクサンドロスは拒否した。兵力はペルシア軍約 20万人に対し,ヘラス連盟軍は4万 7000人。前 333年のイッソスの会戦でギリシア傭兵から成る歩兵を失ったダレイオスは象,戦車,騎兵を中心にして,2重の横陣を張った。しかしヘラス連盟軍はその左翼を強襲し,ダレイオスを逃走させ,アレクサンドロスを決定的な勝利に導いた。この会戦によって,アレクサンドロスはペルシアの支配権を握った。

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