デジタル大辞泉
「ダレイオス」の意味・読み・例文・類語
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
Sponserd by 
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
Sponserd by 
ダレイオス[1世]【ダレイオス】
ラテン語,英語ではダリウスDarius。アケメネス朝ペルシア帝国の王(在位前522年―前486年)。〈大王〉と称される。傍系より出て王位につき,内乱を鎮圧して統一を回復,その征戦記録はビストゥンの碑文として残されている。州制を創設してサトラップ(太守)を置き,中央集権制を確立,税制・貨幣制・兵制を整備した。ペルセポリスの造営に着手し,スーサ〜サルディス間の王道を完成。ギリシア征服を企図して遠征(ペルシア戦争)は2回に及んだが,いずれも敗退した。
→関連項目クセルクセス[1世]|ペルシア帝国
ダレイオス[3世]【ダレイオス】
アケメネス朝ペルシア帝国最後の王(在位前336年―前330年)。即位後宦官(かんがん)バゴアスを倒して政治を粛正したが,アレクサンドロス1世の侵入にあい,イッソス(前333年)とガウガメラ(前331年)の戦に敗れ,逃走中暗殺された。
→関連項目アケメネス朝|ガウガメラの戦
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
Sponserd by 
ダレイオス(1世)
Dareios Ⅰ
前558ごろ〜前486
アケメネス朝の英主(在位前522〜前486)。大王と呼ばれる
東はインダス川河畔,西はトラキア・マケドニアを征服して,全オリエントを支配する大帝国をつくった。全国を約20州に分け,知事(サトラップ)を任命,軍道を設けて駅伝制を確立し,ペルセポリスに王宮を造営した。ペルシア戦争を起こし,ギリシア本土への侵入を企てたが,マラトンの戦いに敗れ,のち病死。典型的な専制君主であったが,人民や異民族には寛大で,産業や文化を保護した。
ダレイオス(3世)
Dareios Ⅲ
前389ごろ〜前330
アケメネス朝最後の王(在位前336〜前330)
アレクサンドロス大王にイッソスの戦い,ついでアルベラの戦い(前331)で大敗し,家臣に暗殺され,帝国は滅亡した。
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
Sponserd by 
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
Sponserd by 