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キプロス史 キプロスし

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

キプロス史
キプロスし

地中海東端近くに位置するキプロス島には,前 6000年以前より始った高度の新石器文明が存在したことを発掘物は示している。初期青銅器時代にはアナトリアからの侵入者が強力となり,それ以前の文明は急速に消滅し,北部沿岸が栄え,都市化が始ったらしい。小アジア,シリアとの交渉があったあと,前 15世紀末からはミケーネ人が到来し,前 13世紀なかば以後,植民者は全島に広がり,土着の文明はミケーネ文明に融合。ドーリス人の侵入を逃れたため,古典期キプロスのギリシア語はアカイア方言の形を残している。鉄器時代にはシリアから植民者が,前9世紀末にはフェニキア人が来住。前8世紀末にはアッシリア,次いでエジプト,前6世紀にはペルシア領となったが,各市には半自治の,青銅器時代までさかのぼる王政が存続。前 498年イオニアの反乱に加わったが鎮定され,以後数度の反乱も失敗。アレクサンドロス3世 (大王) 東征後,アンチゴノス1世の支配を経て,プトレマイオス領となり,王政は倒れ,民主的制度がしかれた。前 58年にローマ領。ローマ分裂後はビザンチン領,その後,十字軍テンプル騎士団根拠地,ベネチア領など変遷を経て,1571年トルコ領となった。露土戦争後,1878年イギリスが行政権を獲得し,のちに併合して植民地とした。第2次世界大戦後,激しい独立運動が続けられ,1959年イギリス,ギリシア,トルコ,ギリシア系およびトルコ系住民代表の間で協定が成立し,60年に国名をキプロス共和国として独立した。しかし住民は約 80%がギリシア系,約 20%がトルコ系で両者の対立が続き,74年のクーデター後,トルコは国土の4割にあたる北部地域を占領し,83年北キプロス・トルコ共和国として独立を宣言,国際問題の一つの焦点となっている。

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