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サトゥラ サトゥラSatura

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

サトゥラ
Satura

ローマ文学の一様式。通常「風刺詩」と訳されるが,本来は「寄せ皿」の意味の語で,さまざまなテーマ,さまざまな韻律と形式を織り交ぜた詩のこと。古くは演劇の一種だったが,のちに時事問題社会生活,文学,個人の欠点などを論評する,いわゆる風刺詩として発達した。ギリシアの古喜劇や通俗哲学の影響を強く受けてはいるが,ローマ人が発明した唯一のジャンルといえる。エンニウスが創始者とされるが,彼にはまだ風刺的要素は少く,むしろ「寄せ皿」的性格が強いから,批評詩としてのサトゥラの性格を決定したルキリウスが真の創始者の名に値する。彼は韻律も主としてヘクサメトロスに固定した。彼に続くウァロキュニコス派の哲人メニッポスから,散文と詩を織り交ぜる技術を借用して,穏やかな教訓的な文章を書いた。この形式は「メニッポス風サトゥラ」と呼ばれ,のちにペトロニウスが小説『サチュリコン』で用いた。一方,ルキリウスのサトゥラを復活させたホラチウスはもっぱらヘクサメトロスを用いて,愚行や悪趣味を嘲弄したが,彼は個人を攻撃するよりもむしろ類型を問題にした。ペルシウスはこの伝統を受継ぎ,やや生硬な教訓的サトゥラ6編を残した。ユウェナリスは鋭い攻撃を過去の人物や象徴化した人間に向けることによって,風刺と批判の伝統を守ると同時に,個人攻撃から生じる身の危険を避けた。

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世界大百科事典内のサトゥラの言及

【ローマ演劇】より

…しかし,その影響を直接こうむっていない芝居もイタリア半島には存在した。例えば,〈フェスケンニウム歌versus Fescennini〉(以下,〈~劇〉等のラテン語綴りはすべて単数形で示す),〈サトゥラsatura〉,南イタリアのカンパニア地方の〈アテラナ劇fabula Atellana〉などがそれで,これらの歌舞音曲や朗唱や滑稽な身ぶり等からなる民衆的な芸能が,イタリア半島における演劇の原始的形態であった。この土俗的で素朴な芝居の土壌があってはじめて,ギリシア演劇はローマ化することに成功したのだとも考えられる。…

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