2世紀前半に活躍したローマの風刺詩人。生没年不詳。ルキリウスに始まるローマ風刺詩の伝統の最後に登場したこの詩人は,同じく風刺詩を創作したホラティウスやペルシウスとは異なって,自己を語ることが少なく,しかも存命中はほとんど世に知られることはなかった。ユウェナリスは,ローマの東南東約100kmに位置する町アクイヌムの出身で,彼が《風刺詩集》第1巻(第1歌~第5歌)を公にしたのは100-110年のころである。同時代の著作家たちの中ではエピグラム詩人のマルティアリスのみがユウェナリスのことに言及しており,彼のことを〈雄弁なfacundus〉と形容している。詩人の死後,その作品は読まれることが少なかったらしく,《風刺詩集》が編まれ注を付されたのは4世紀後半になってからのことであった。しかし,それ以後,彼の作品は広く知られ,現代に至るまで読みつがれている。
現存するユウェナリスの《風刺詩集》は5巻,16歌で構成されており,660行に及ぶ長大な詩(第6歌)も含まれている。彼は,叙事詩および風刺詩の伝統的な韻律であった6脚韻を駆使することのできたローマ最後の詩人であった。各巻は,公刊年度順になっている。初期の作品にはドミティアヌス帝に対する激しい憎悪や個人攻撃が見られるが,それはしだいになりをひそめ,穏やかな調子に変わっていくため,一時ローマを追放されていたのではないかと考える向きもあるが,確かなことではない。ユウェナリスの風刺は,道学者の説く教説ではなく,市井の人の時勢に対する抵抗という趣きをもつ。風刺の的となる人々の愚行,貪欲,卑俗,悪徳は,文芸的モティーフに誇張・修飾を施したとも見えるが,詩人と同時代の証言は,彼の言葉が真実であったことを示している。ユウェナリスの風刺詩は,格調高く,呵責(かしやく)ないパロディを通じて人を楽しませる。ルネサンス以後多くの風刺詩人たちは,彼を手本にして風刺詩を創作した。
執筆者:平田 真
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古代ローマ最高の風刺詩人。その生涯は不明な点が多い。中部イタリア、アクィヌムの名門に生まれたらしいが、ドミティアヌス帝お気に入りの役者を風刺する詩を書いて追放される。このときエジプトで軍務に服したかもしれない。そののちローマに帰り、貧乏暮らしを送る。友人マルティアリスはこの時期の彼を修辞家とよんでいる。100年ごろから127年ごろの間に五巻16歌からなる『風刺詩』をほぼ現存する順序で発表する。
彼は神話に題材を求めず、あらゆる人間の活動を風刺の対象としている。なかでも、ローマの腐敗堕落が自分に詩を書かせるのだと宣言する第一歌(序)、ローマでは正直者は生きてゆけないと嘆く第三歌、被護民(クリエンテス)のみじめな生活を自嘲(じちょう)的に歌う第五歌、女の悪徳を主題とする第六歌、貴族の堕落ぶりを罵倒(ばとう)する第八歌、人間の願いのむなしさをわらい、「健康な身体に健康な心を」宿らせ給えと願うことを勧める第十歌が名高い。晩年には余裕ある生活を送ったらしく、第十歌以後は風刺も鋭さを欠いている。ユウェナリスはストア思想に立脚するモラリストであり、旧来の徳を回顧しつつ鋭い社会批判を展開させる。その作品は4世紀末まではあまり顧みられなかったが、ルキリウス、ホラティウスと続く風刺詩の伝統を受け継いで完成しており、ヨーロッパ風刺詩の出発点となった。
[土岐正策]
『国原吉之助訳『風刺詩集』(『世界名詩集大成1 古代・中世篇』所収・1966・平凡社)』▽『樋口勝彦訳『むなしきは人の願い』(風刺詩第十)、『人の表、人の裏(抄)』(風刺詩第2)(『世界人生論全集2』所収・1963・筑摩書房)』
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…おそらくこの二つの理由によって,彼の喜劇は悲劇詩人たちと比較すると,不当に小さな影響力しか後世に及ぼしえなかった。わずかに,ローマ帝政期のサトゥラ(風刺)詩人ユウェナリス,ルネサンス期フランスのラブレーに,その破壊的な笑いの後継者を見いだすことができるのみである。しかし自由アテナイの,しかもその自由の崩壊寸前の最も緊張に満ちた時期の精神的代表者,証人としての価値は,トゥキュディデスとともに高く評価されてしかるべきである。…
…ローマ時代にはスポーツが見世物として歓迎され,さらに職業化,興行化されていった。風刺詩人ユウェナリスは〈祈るなら,健全な身体に健全な精神があるように祈るべきだろう〉と書いたが,この句はのちにイギリスのJ.ロックが省略して引用し,日本でも明治30年前後から〈健全な精神は健全な身体に宿る〉という成句となって知られた。 中世のヨーロッパはキリスト教に支配され,地上の国よりも〈神の国〉が重視されたが,封建制度が安定してくると,騎士の身体訓育や貴族のスポーツのほかにも,フットボールやテニスなどの近代スポーツの萌芽がみられた。…
…またそのほかの散文作家には,小説《サテュリコン》の作者ペトロニウス,百科全書《博物誌》の著者の大プリニウス,《書簡集》を残した雄弁家の小プリニウス,農学書を残したコルメラ,2世紀に入って,《皇帝伝》と《名士伝》を著した伝記作家スエトニウス,哲学者で小説《黄金のろば(転身物語)》の作者アプレイウス,《アッティカ夜話》の著者ゲリウスなどがいる。 詩の分野ではセネカの悲劇のほかに,叙事詩ではルカヌスの《内乱(ファルサリア)》,シリウス・イタリクスの《プニカ》,ウァレリウス・フラックスの《アルゴナウティカ》,スタティウスの《テバイス》と《アキレイス》など,叙事詩以外ではマニリウスの教訓詩《天文譜》,ファエドルスの《寓話》,カルプルニウスCalpurniusの《牧歌》,マルティアリスの《エピグランマ》,それにペルシウスとユウェナリスそれぞれの《風刺詩》などがみられる。2世紀初頭に創作したユウェナリスのほかはすべて1世紀の詩人たちである。…
※「ユウェナリス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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