日本大百科全書(ニッポニカ) 「ユウェナリス」の意味・わかりやすい解説
ユウェナリス
ゆうぇなりす
Decimus Junius Juvenalis
(60ころ―128ころ)
古代ローマ最高の風刺詩人。その生涯は不明な点が多い。中部イタリア、アクィヌムの名門に生まれたらしいが、ドミティアヌス帝お気に入りの役者を風刺する詩を書いて追放される。このときエジプトで軍務に服したかもしれない。そののちローマに帰り、貧乏暮らしを送る。友人マルティアリスはこの時期の彼を修辞家とよんでいる。100年ごろから127年ごろの間に五巻16歌からなる『風刺詩』をほぼ現存する順序で発表する。
彼は神話に題材を求めず、あらゆる人間の活動を風刺の対象としている。なかでも、ローマの腐敗堕落が自分に詩を書かせるのだと宣言する第一歌(序)、ローマでは正直者は生きてゆけないと嘆く第三歌、被護民(クリエンテス)のみじめな生活を自嘲(じちょう)的に歌う第五歌、女の悪徳を主題とする第六歌、貴族の堕落ぶりを罵倒(ばとう)する第八歌、人間の願いのむなしさをわらい、「健康な身体に健康な心を」宿らせ給えと願うことを勧める第十歌が名高い。晩年には余裕ある生活を送ったらしく、第十歌以後は風刺も鋭さを欠いている。ユウェナリスはストア思想に立脚するモラリストであり、旧来の徳を回顧しつつ鋭い社会批判を展開させる。その作品は4世紀末まではあまり顧みられなかったが、ルキリウス、ホラティウスと続く風刺詩の伝統を受け継いで完成しており、ヨーロッパ風刺詩の出発点となった。
[土岐正策]
『国原吉之助訳『風刺詩集』(『世界名詩集大成1 古代・中世篇』所収・1966・平凡社)』▽『樋口勝彦訳『むなしきは人の願い』(風刺詩第十)、『人の表、人の裏(抄)』(風刺詩第2)(『世界人生論全集2』所収・1963・筑摩書房)』