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シュリーフェン・プラン Schlieffenplan

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世界大百科事典 第2版の解説

シュリーフェン・プラン【Schlieffenplan】

ドイツ帝国における対露仏二正面戦争を想定した作戦構想。このような作戦はすでに大モルトケにおいても見られたが,ドイツ陸軍参謀総長A.vonシュリーフェン(在任1891‐1905)は,西方で攻勢,東方で防御を基本とし,しかもベルギーなどを経由する右翼を重視し,フランス軍を包囲殲滅(せんめつ)し,しかるのちに東方へと転じる構想を定式化した。彼の後任小モルトケによって右翼重視論は緩和されたが,彼の修正案が第1次世界大戦におけるドイツの戦略として用いられた。

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世界大百科事典内のシュリーフェン・プランの言及

【シュリーフェン】より

…このため,ベルギー,ルクセンブルクの中立を無視し,この正面から大兵力を北フランスに進攻させ,フランス軍を北翼から包囲,大殲滅(せんめつ)戦を遂行するよう計画した。これはシュリーフェン・プランと呼ばれ,1905年に公表された。第1次大戦において,後継者によりこれを薄めたかたちで遂行され失敗したが,戦後,計画どおり実行していればドイツに短期決勝の機があったとの評価が残った。…

【第1次世界大戦】より


【戦争の発生】

[戦前の国際秩序]
 第1次大戦は19世紀以来の世界秩序の崩壊を意味する歴史上最初の世界戦争であるから,その背景はかなりさかのぼって考えてみる必要がある。19世紀ヨーロッパの国際秩序を維持する原理はイギリス,フランス,プロイセン,オーストリア,ロシアの国際的勢力均衡システムであり,国際政治はこの五大列強相互のあいだのバランスによって安定を保っていた。その中でもヨーロッパの東西両端に位置を占めるイギリスとロシアの影響力は大きかった。…

※「シュリーフェン・プラン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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