スコセッシ(読み)すこせっし(その他表記)Martin Scorsese

日本大百科全書(ニッポニカ) 「スコセッシ」の意味・わかりやすい解説

スコセッシ
すこせっし
Martin Scorsese
(1942― )

アメリカの映画監督。ニューヨーク市クイーンズ区フラッシング生まれ。両親は共に1910年前後にニューヨークに来たシチリア系移民で、一家は1950年にマンハッタンのリトル・イタリーへ移る。家族中心主義、成功へ向けての野心、カトリック教会との密接な関係、日常的に繰り返される組織暴力、といったイタリア系移民文化に特徴的な環境とスコセッシの映画は切断しがたく、逆にそうした主題を積極的に取り入れる点において、デビュー時の彼は斬新(ざんしん)な映画作家たりえた。1960年ニューヨーク大学映画科に入学、1964年卒業、1966年修士課程修了。そこでフランスのヌーベル・バーグアントニオーニらのイタリアのアート系映画、ジョン・カサベテスの『アメリカの影』(1960)や一連の実験的なアンダーグラウンド映画などのアメリカ映画の新しい流れ等、世界各地で活発化していた映画変革のうねりと出会う。実質的デビュー作で在学中に撮られた短編『君みたいな素敵な娘がこんな所で何してるの?』(1963)は、写真、動画、ライブ・アクションがすばやいモンタージュで重なる実験的な作品だった。6分間の短編『ザ・ビッグ・シェーブ』(1967)では、ベルギーのルドゥー実験映画祭(ジャック・ルドゥーJacques Ledoux(1922―1988)がディレクターを務め、毎年ベルギーで開催されていた)で黄金時代賞を獲得。鏡の前で血まみれになるまで髭剃りをする男を題材に、暴力の無意味な爆発を描いた点で、スコセッシにとってベトナム反戦映画であった。1969年から映画製作のインストラクターとして教壇に立つためニューヨーク大学に復帰した際には、当時の反体制運動の模様を学生主導で記録したニューヨーク・ニューズリール・コレクティブ製作の『ストリート・シーンズ』(1970)で、製作監督やポスト・プロダクション(仕上げ)監督を兼任した。

 1965年から断続的に撮影が続けられた最初の長編劇映画『ドアをノックするのは誰?』(1969)は、当初、リトル・イタリーの青年の成長を扱う三部作の第2編(1作目は脚本のみで撮影されず、3作目が後述の『ミーン・ストリート』(1973))として構想されたもの。友人たちと怠惰な日々を暮らす青年とより教養のある女性の恋の顛末(てんまつ)を描き、監督の分身とおぼしき主人公の登場やたてつづけに鳴り響くジュークボックスめいたポップ音楽の使用法など、最初の「スコセッシ作品」とよぶにふさわしい特徴をすでにみせている。シカゴ映画祭で上映されるなどして一部で高い評価を受けたが、直接次回作の製作につながるきざしはなく、スコセッシは1969年に開かれたロック・フェスティバルの記録映画『ウッドストック 愛と平和と音楽の三日間』(1970)の編集などに携わった。

 1971年にチャンスを求めてハリウッドへ移住。『ドアをノックするのは誰?』に感銘を受けたプロデューサーロジャー・コーマンの誘いを受け、低予算娯楽映画で名高いAIP(アメリカン・インターナショナル・ピクチャーズ)作品『明日に処刑を…』(1972)を監督、低予算で見せ場満載の映画を撮るノウハウを学ぶ。『ドアをノックするのは誰?』同様に、ハーベイ・カイテルHarvey Keitel(1941― )演じる主人公を軸にリトリ・イタリーの青春群像を描きながら、演出技術の飛躍的な向上を示した『ミーン・ストリート』は、前作以上にバイオレンスと夜の街のたたずまいを強調してかつてのハリウッド産犯罪映画の傑作群にオマージュを捧げ、ニューヨーク映画祭やカンヌ国際映画祭監督週間などで高い評価を受けた。要所以外は予算の関係からロサンゼルスで撮影されながら、自身が育ったリトル・イタリーでの生活やイタリアン・コミュニティの実態を観察する「人類学」的な考察でもある本作は、スコセッシの両親へのインタビューで構成されたドキュメンタリー『イタリアン・アメリカン』(1974)と対になってスコセッシのルーツを題材にした作品である。

 男性中心の世界が舞台の自伝的映画群を得意とする監督、といったレッテルを覆すべく撮られた次作『アリスの恋』(1974)は、狙いどおり主演のエレン・バースティンEllen Burstyn(1932― )にアカデミー主演女優賞をもたらす。ニューヨークで孤独のうちに暮らすベトナム帰還兵のしだいにエスカレートする狂気とその暴発を描く『タクシードライバー』(1976)は、スコセッシにとって同時にニューヨークに固有の(悪や狂気と背中合わせのものとしてある)「魅惑」を描く映画でもあったが、カンヌ国際映画祭でグランプリに輝き、主演のロバート・デ・ニーロと並んでスコセッシの名を世界に知らしめた。その後も、やはりデ・ニーロと組んだモノクロのボクシング映画『レイジング・ブル』(1980)で全米批評家協会賞最優秀監督賞、原点に戻るかのように低予算でニューヨークの夜を舞台とする迷宮的な物語を映画化した『アフター・アワーズ』(1985)でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞。『ハスラー2』(1986)では、オーソドックスなジャンル映画に再挑戦し、興行的にも大成功を収めた。

 ギリシア人作家ニコス・カザンザキスの原作の映画化『最後の誘惑』(1988)は、スコセッシにとって長年にわたり製作が難航した作品である。いったん1983年に製作が開始されたものの原理主義的なキリスト教徒の反発もあって中止に追い込まれた経緯のある、いわくつきの作品だが、モロッコでのロケなどを敢行してようやく完成。スコセッシ個人にとっても関心の的である、キリストの内面における神性と人間性の葛藤を正面から扱う内容ゆえ欧米の一部で激しい論争を巻き起こした。また、映画誕生100年を記念して現代の映画監督が自国の映画史を回顧する企画の一環として製作された『映画の世紀――マーティン・スコセッシとたどるアメリカ映画への旅』A Century of Cinema; A Personal Journey with Martin Scorsese through American Movies(1995)では、アメリカ映画とその作家たちへの愛情が熱烈に表明された。

 その後のスコセッシのフィルモグラフィーにおいても、ニューヨークは相変わらず重要な主題や舞台であり続ける。ブルックリンのギャングたちの世界を現代的なスピード感あふれる編集でつづる『グッド・フェローズ』(1990)、19世紀末のニューヨークにおける上流社会の儀礼的なあり方をやはり「人類学」的に観察する『エイジ・オブ・イノセンス 汚れなき情事』(1993)、さらに歴史をさかのぼって19世紀なかばのニューヨークを舞台に急増するアイルランド系移民とアメリカ生まれの白人である「ネイティブズ」間の死闘の描写を通し、ニューヨークひいてはアメリカのルーツをあぶり出そうとする大作『ギャング・オブ・ニューヨーク』(2002)などがこの系列の作品に属する。

[北小路隆志]

資料 監督作品一覧

君みたいな素敵な娘がこんな所で何してるの? What's a Nice Girl Like You Doing in a Place Like This?(1963)
ドアをノックするのは誰? Who's That Knocking at My Door(1967)
ザ・ビッグ・シェーブ The Big Shave(1967)
ストリート・シーンズ Street Scenes(1970)
ウッドストック 愛と平和と音楽の三日間 Woodstock : 3 Days of Peace Music...and Love(1970)
明日に処刑を… Boxcar Bertha(1972)
ミーン・ストリート Mean Streets(1973)
イタリアン・アメリカン Italianamerican(1974)
アリスの恋 Alice Doesn't Live Here Anymore(1974)
タクシードライバー Taxi Driver(1976)
ニューヨーク・ニューヨーク New York, New York(1977)
ラスト・ワルツ The Last Waltz(1978)
レイジング・ブル Raging Bull(1980)
キング・オブ・コメディ The King of Comedy(1983)
アフター・アワーズ After Hours(1985)
ハスラー2 The Color of Money(1986)
最後の誘惑 The Last Temptation of Christ(1988)
ニューヨーク・ストーリー New York Stories(1989)
グッドフェローズ Goodfellas(1990)
ケープ・フィアー Cape Fear(1991)
キング・オブ・アド The King of Ads(1991)
エイジ・オブ・イノセンス 汚れなき情事 The Age of Innocence(1993)
カジノ Casino(1995)
クンドゥン Kundun(1997)
マーティン・スコセッシ 私のイタリア映画旅行 Il mio viaggio in Italia(1999)
救命士 Bringing Out the Dead(1999)
ギャング・オブ・ニューヨーク Gangs of New York(2002)
フィール・ライク・ゴーイング・ホーム Feel Like Going Home(2003)
アビエイター The Aviator(2004)
ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム No Direction Home : Bob Dylan(2005)
ディパーテッド The Departed(2006)
ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト Shine a Light(2008)
シャッター アイランド Shutter Island(2009)
ジョージ・ハリスン リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド George Harrison : Living in the Material World(2011)
ヒューゴの不思議な発明 Hugo(2011)
ザ・ウルフ・オブ・ウォール・ストリート The Wolf of Wall Street(2013)

『メアリー・パット・ケリー著、斎藤敦子訳『スコセッシはこうして映画をつくってきた』(1996・文芸春秋)』『デイヴィッド・トンプソン、イアン・クリスティ編、宮本高晴訳『スコセッシ・オン・スコセッシ――私はキャメラの横で死ぬだろう』(2002・フィルムアート社)』

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百科事典マイペディア 「スコセッシ」の意味・わかりやすい解説

スコセッシ

米国の映画監督。ニューヨーク生れ。《ドアをノックするのは誰》(1968年)でデビュー。R.デ・ニーロがベトナム戦争の帰還兵を演じた《タクシードライバー》(1976年)で病めるアメリカを描き出し,カンヌ国際映画祭グラン・プリ受賞。〈栄光と破滅〉を主要なモティーフとし,シリアスな作品からコメディ・タッチのものまで幅広く演出。代表作にプロ・ボクシング世界ミドル級チャンピオン,ジェイク・ラモッタを描いた《レイジング・ブル》(1980年),《キング・オブ・コメディ》(1983年),ブラック・コメディ《アフター・アワーズ》(1985年),《カジノ》(1996年)などがある。黒澤明監督の《夢》では俳優として画家ゴッホに扮している。
→関連項目ニューマンフォスター

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「スコセッシ」の意味・わかりやすい解説

スコセッシ
Scorsese, Martin

[生]1942.11.17. ニューヨーク,ニューヨーク
アメリカ合衆国の映画監督。1972年『明日に処刑を…』Boxcar Berthaで長編デビュー。1976年,ベトナム戦争から帰還したタクシー運転手の虚無感を描いた『タクシー・ドライバー』Taxi Driver(カンヌ国際映画祭パルムドール)でセンセーションを巻き起こした。以後,ニューヨークを拠点にアメリカ社会にひそむ矛盾を切れ味鋭い映像で描く。ほかに『アリスの恋』Alice Doesn't Live Here Anymore(1974),『アフター・アワーズ』After Hours(1985,カンヌ国際映画祭監督賞),『グッドフェローズ』GoodFellas(1990,ベネチア国際映画祭サン・マルコ銀獅子賞)など。『ディパーテッド』The Departed(2006)でアカデミー賞作品賞,監督賞を受賞。(→映画

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