黒澤明(読み)くろさわあきら

日本大百科全書(ニッポニカ) 「黒澤明」の意味・わかりやすい解説

黒澤明
くろさわあきら
(1910―1998)

映画監督。明治43年3月23日、東京に生まれる。青年時代は美術家志望だったが、1936年(昭和11)、東宝の前身PCLに入社、山本嘉次郎(かじろう)に師事し、1938年に助監督となる。1939年制定の映画法により戦時国家への協力と製作数削減を強制されるなか、『姿三四郎』(1943)でデビュー。第二次世界大戦中は『一番美しく』(1944)など3本を監督するが、1945年(昭和20)の敗戦によりGHQ(連合国最高司令部)の指導下、『わが青春に悔いなし』(1946)、『酔いどれ天使』(1948)、『野良犬(のらいぬ)』(1949)を監督。戦中・戦後の青年像を鮮烈に描いて、日本映画の旗手となった。1950年代には、『生きる』(1952)で市民の生活をリアルに描写し、また『羅生門(らしょうもん)』(1950)、『七人の侍』(1954)など異色の時代劇によって世界に知られる監督となった。ベネチア国際映画祭グランプリを獲得した『羅生門』では、混乱した平安時代の武士と盗賊と庶民のそれぞれの生き様を、『七人の侍』では戦国時代の侍・農民と野武士との戦いを活写した。とくに『七人の侍』の、農民が武士を雇うという物語の着想、リアルなアクション描写、寓話(ぐうわ)的なテーマは斬新(ざんしん)で、以降も日本映画を代表する傑作と賞賛されている。

 テレビ放送が開始され、映画の興行が下降し始める1950年代後半には、世界的にリアリズム手法による映画が頂点を過ぎており、黒澤は『生きものの記録』(1955)、『蜘蛛巣城(くものすじょう)』(1957)、『どん底』(1957)などの作品で新機軸を探る。その後、1960年代にかけて、『隠し砦(とりで)の三悪人』(1958)、『用心棒』(1961)、『椿三十郎(つばきさんじゅうろう)』(1962)、『天国と地獄』(1963)、『赤ひげ』(1965)など、エンターテイナーとしてワイドスクリーンによるヒット作品を連打した。1960年代後半には、アメリカで映画製作のチャンスが2度到来したもののアメリカ側と折り合わずに中途で挫折し、日本でのテレビドラマ製作も頓挫(とんざ)。1970年、最初のオールカラー『どですかでん』を撮るが、翌年、自殺未遂事件を起こす。空白期間ののち、海外製作が『デルス・ウザーラ』(1975)で実現するが、活力を奮い起こすようにして撮った作品となった。

 1980年代に入り、近代的合理主義を超えようとするポストモダンの思潮の浸透により、世情に歴史を回想する傾向が起きると、黒澤は『影武者』(1980)で、そうした傾向の先端を切った。だれも発想しなかった時代劇というスタイルにより、近代以降の3代の天皇制を寓話的に表現したが、これは海外での評価も高く、「世界の黒澤」の回復を強く印象づけることになった。シェークスピアの『リア王』を原作とする『乱』(1985)では、大家族の崩壊や漂流を、父という視点から描いた。1990年代には、『夢』(1990)でこれまでの自らの軌跡をたどるような内容を八つの話でみせ、黒澤映画の解読のヒントを提供。遺作は1993年(平成5)の『まあだだよ』。黒澤の作品には寓話的要素が強く、リアリズムをもとにした映像のダイナミックかつ巧みな描写で多くの観客を魅了し、国内外の後進にも多大な影響を与えた。現在からみると、映画の危機に対処し変革を目ざした監督としての存在が明らかになってくる。1985年に映画人初の文化勲章を受章。1990年にはアカデミー名誉賞を受賞。平成10年9月6日没。同年、映画監督初の国民栄誉賞を受賞した。

[千葉伸夫]

資料 監督作品一覧

姿三四郎(1943)
一番美しく(1944)
続姿三四郎(1945)
虎の尾を踏む男達(1945)
明日を創る人々[山本嘉次郎、関川秀雄との共同監督](1946)
わが青春に悔なし(1946)
素晴らしき日曜日(1947)
酔いどれ天使(1948)
静かなる決闘(1949)
野良犬(1949)
醜聞(スキャンダル)(1950)
羅生門(1950)
白痴(1951)
生きる(1952)
七人の侍(1954)
生きものの記録(1955)
蜘蛛巣城(1957)
どん底(1957)
隠し砦の三悪人(1958)
悪い奴ほどよく眠る(1960)
用心棒(1961)
椿三十郎(1962)
天国と地獄(1963)
赤ひげ(1965)
どですかでん(1970)
デルス・ウザーラ(1975)
影武者(1980)
乱(1985)
夢(1990)
八月の狂詩曲(ラプソディー)(1991)
まあだだよ(1993)

『『黒沢明全作品集』(1980・東宝事業部)』『佐藤忠男著『黒澤明の世界』(1986・朝日文庫)』『ドナルド・リチー著、三木宮彦訳『黒澤明の映画』(1991・現代教養文庫)』『黒澤明著『蝦蟇の油』(2001・岩波現代文庫)』『堀川弘通著『評伝黒澤明』(2003・ちくま文庫)』

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百科事典マイペディア 「黒澤明」の意味・わかりやすい解説

黒澤明【くろさわあきら】

映画監督。東京生れ。京華商業卒。1936年PCL(同年東宝に合併)入社。処女作の《姿三四郎》(1943年)以後,《酔いどれ天使》(1948年),《野良犬》(1949年)などの佳作を発表。《羅生門》(1950年)で世界的名声を獲得,さらに《七人の侍》(1954年),《隠し砦の三悪人》(1958年),《用心棒》(1961年),《赤ひげ》(1965年),《デルス・ウザーラ》(1975年),《影武者》(1980年),《乱》(1985年),《まあだだよ》(1993年)などを送り出している。1985年文化勲章。時代劇にみられるダイナミックな画面構成は,イタリアの〈マカロニ・ウェスタン〉を生むきっかけとなっただけでなく,ハリウッド映画にも大きな影響をあたえた。1998年国民栄誉賞を受賞。
→関連項目加山雄三カンヌ国際映画祭時代劇映画志村喬スコセッシ千秋実津島恵子どん底早坂文雄原節子久板栄二郎ベネチア国際映画祭堀川弘通マックィーン三船敏郎村木与四郎レオーネ

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