テマ制(読み)てませい

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中世ビザンティン帝国の属領統治方式で、従来の文官と武官とによる分割統治方式にかわるもの。軍管区制と訳す。マウリキオス帝(在位582~602)によるカルタゴとラベンナの総督制度に倣った。テマthema(軍管区)に区分された属領では、軍政、民政、財政および裁判権のすべてが管区長にあった。彼の指揮下の兵士たちには世襲の農耕地が与えられ、これと交換に戦時の兵役義務が課された。自由農民としてのテマ兵士は、国庫にとっては重要な国税の収入源であり、戦時には傭兵(ようへい)よりも信頼のおける兵力であった。テマ制度は、その屯田兵制的性格から、外敵の侵入の危険にさらされた小アジアから始まった。成立は7世紀前半とも後半ともいわれるが、9世紀に入ってバルカン半島にも本格的に導入された。マケドニア朝のバシレイオス2世帝治下では、海陸あわせて45の軍管区を数え、帝国の支柱としての役割を果たした。この制度も11世紀後半に入ると、国力の総合的低下とともに徐々に崩壊していった。

[和田 廣]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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