デューレン(その他表記)Düren

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「デューレン」の意味・わかりやすい解説

デューレン
Düren

ドイツ西部,ノルトラインウェストファーレン州にある工業都市。マース川の支流ルア川にのぞみ,ケルンの西南西約 40kmに位置する。カロリング朝フランク王国の初代国王ピピン3世のビラ・ドゥリアから発展したもので,カルル大帝のザクセン人討伐の基地となり,1200年頃,囲壁を設け帝国直轄都市となった。 38年以後はユーリヒ伯領。製紙,金属,織物,化学,ガラス,精糖などの工業が行われる。人口8万 6508 (1991推計) 。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「デューレン」の意味・わかりやすい解説

デューレン
でゅーれん
Düren

ドイツ西部、ノルトライン・ウェストファーレン州の都市。人口9万1800(2000)。ケルンとアーヘンの中間に位置する。黄土の沃野(よくや)とアイフェル山地の境界に位置し、周辺農村地域の中心都市。工業は、豊かな水と麦藁(わら)を利用する製紙、テンサイ加工のほか、繊維工業、ガラス工業などが盛んである。

[齋藤光格]

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