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バリー ボンズ Barry Bonds

現代外国人名録2012の解説

バリー ボンズ
Barry Bonds


国籍
米国

専門
大リーグ選手(外野手)

本名
Barry Lamar Bonds

生年月日
1964/7/24

出生地
米国 カリフォルニア州リバーサイド

学歴
アリゾナ州立大学

経歴
父ボビー・ボンズは大リーグ通算332本塁打を放ったジャイアンツの名選手。名付け親はウィリー・メイズで、スター選手を間近に見て育った。1985年パイレーツにドラフト1巡目全体6位指名で入団。’86年5月メジャー初昇格。’90年、’92年ナリーグMVPに選ばれる。’93年ジャイアンツに移籍、同年46本塁打、123打点で二冠、MVPも獲得。’96年対マーリンズ戦で大リーグ史上4人目の300本塁打、300盗塁を達成。同年9月史上3人目の1シーズン40本塁打、40盗塁を達成。’97年大リーグ史上最高の平均年俸1145万ドルで契約した。同年4月ランニング・ホームランで通算1000打点を達成。同年の成績は40本塁打、37盗塁でチームの地区優勝に貢献。’98年8月史上初の通算400本塁打、400盗塁を達成。’99年「スポーティング・ニューズ」の“’90年代MVP”に選ばれる。2000年チームの地区優勝に貢献。2001年4月対ドジャース戦で史上17人目となる通算500本塁打を達成。同年10月対ドジャース戦で大リーグ年間最多本塁打記録の73号を放ち、同年の本塁打王と4度目のMVPを獲得。2002年8月対パイレーツ戦で史上4人目の通算600本塁打を達成。同年打率.370で初の首位打者を獲得、チームのワールドシリーズ出場に貢献。また2年連続5度目のMVPを獲得。2003年6月対ドジャース戦で500盗塁を成功させ、史上初の“500本塁打・500盗塁”を達成。同年チームの地区優勝に貢献し、3年連続6度目のMVPを獲得。同年薬物疑惑が発覚、以後本拠地以外では打席に立つと激しいブーイングを受けるようになる。2004年打率.362で首位打者に輝き、232四球、出塁数.609の大リーグ記録をマーク。また史上最年長の40歳で4年連続、史上最多の7度目のMVPを獲得。2007年8月対ナショナルズ戦で通算756本塁打を放ち、ハンク・アーロンの持つ歴代1位記録を31年ぶりに更新した。同年限りでジャイアンツを退団。同年11月薬物使用に関する偽証と審理妨害罪で起訴される。2008年からはプレーしていない。大リーグ通算本塁打記録(762本)保持者。2011年4月薬物使用を巡る審理妨害罪についてのみ有罪とする評決が言い渡された。オールスター出場14回(1990年,1992〜98年,2000〜2004年,2007年)、シルバースラッガー賞12回(1990〜97年,2000〜2004年)、ゴールドグラブ賞8回(1990〜94年,1996〜1998年)。日米野球には、1990年、’96年、2000年、2002年に出場。188センチ、108キロ。左投左打。

受賞
MVP(ナリーグ)〔1990年・1992年・1993年・2001年・2002年・2003年・2004年〕;ハンク・アーロン賞〔2001年・2002年・2004年〕

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2012」(2012年刊)現代外国人名録2012について 情報

最新 世界スポーツ人名事典の解説

バリー ボンズ
Barry Bonds
大リーグ

大リーグ選手
生年月日:1964年7月24日
国籍:米国
出生地:カリフォルニア州リバーサイド
別名等:本名=Barry Lamar Bonds
学歴:アリゾナ州立大学
受賞歴:MVP(ナリーグ)〔1990年・1992〜93年・2001〜2004年〕;ハンク・アーロン賞(ナリーグ)〔2001〜2002年・2004年〕
経歴:父ボビー・ボンズは大リーグ通算332本塁打を放ったジャイアンツの名選手。名付け親はウィリー・メイズで、スター選手を間近に見て育った。1985年パイレーツにドラフト1巡目全体6位指名で入団。’86年5月メジャー初昇格。’90年、’92年ナリーグMVPに選ばれる。’93年、6年4375万ドルの高額でジャイアンツに移籍、同年46本塁打、123打点で2冠、3度目のMVPも獲得。’96年対マーリンズ戦で大リーグ史上4人目の“300本塁打・300盗塁”を達成。この年42本塁打、40盗塁で史上3人目の40-40を達成。’97年当時史上最高の平均年俸1145万ドルで契約。同年4月ランニング・ホームランで通算1000打点を達成。同年の成績は40本塁打、37盗塁でチームの地区優勝に貢献。’98年8月史上初の“400本塁打・400盗塁”を達成。’99年「スポーティング・ニューズ」の“’90年代MVP”に選ばれる。2000年チームの地区優勝に貢献。2001年4月対ドジャース戦で史上17人目となる通算500本塁打を達成。同年10月対ドジャース戦で大リーグ年間最多本塁打記録の73号を放ち、本塁打王と4度目のMVPを獲得。2002年8月対パイレーツ戦で史上4人目の通算600本塁打を達成。同年打率.370で初の首位打者を獲得、チームのワールドシリーズ出場に貢献。また2年連続5度目のMVPに。2003年6月対ドジャース戦で500盗塁を成功させ、史上初の“500本塁打・500盗塁”を達成。同年チームの地区優勝に貢献し、3年連続6度目のMVPを獲得。同年薬物疑惑が発覚、以後本拠地以外では打席に立つと激しいブーイングを受けるようになる。2004年打率.362で首位打者に輝き、232四球、出塁数.609の大リーグ記録をマーク。また史上最年長の40歳で4年連続、史上最多の7度目のMVPを獲得。2007年8月対ナショナルズ戦で通算756本塁打を放ち、ハンク・アーロンの持つ歴代1位記録を33年ぶりに更新した。同年限りでジャイアンツを退団。同年11月薬物使用に関する偽証と審理妨害罪で起訴される。2011年4月薬物使用を巡る審理妨害罪についてのみ有罪とする評決が言い渡された。30-30を史上最多の5回達成した屈指のオールラウンド・プレーヤーで、大リーグ通算本塁打記録(762本)保持者。本塁打王2回(1993年,2001年)、打点王1回(1993年)、最高出塁率10回(’91〜93年,’95年,2001〜2004年,2006〜2007年)、ゴールドグラブ賞8回(1990〜94年,1996〜98年)、シルバースラッガー賞12回(1990〜97年,2000〜2004年)、オールスター出場14回(1990年,1992〜98年,2000〜2004年,2007年)。通算成績は、22年2986試合、9847打数2935安打、762本塁打、1996打点、514盗塁、2227得点、打率.298。日米野球には、1990年、’96年、2000年、2002年に出場。現役時代は188センチ、109キロ。左投左打。

出典 日外アソシエーツ「最新 世界スポーツ人名事典」最新 世界スポーツ人名事典について 情報

367日誕生日大事典の解説

バリー ボンズ

生年月日:1964年7月24日
アメリカの大リーグ選手

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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