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バングラデシュ独立戦争 バングラデシュどくりつせんそう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バングラデシュ独立戦争
バングラデシュどくりつせんそう

パキスタンバングラデシュとして独立を達成するまでの戦い。 1947年パキスタンの一州として発足した東パキスタン西パキスタンの政治的,経済的,文化的な支配を受けてきたのであり,両地域の間にはイスラム教を除けばほとんど共通するものがなかった。 70年 12月の総選挙の結果,東では M.ラーマンの率いるアワミ連盟が第一党となり,西では Z.A.ブットーの率いる人民党が第一党となった。しかし州自治の範囲をめぐって両者の違いが顕著になり,連盟は国防と外交を除き,財政金融,外国貿易,徴税を州自治の権限下におき,独自の通貨と準軍隊の保持を含む「6項目要求」を主張,制憲議会発足への調整は難航した。 71年3月 A.M.ヤヒア大統領が予定されていた制憲議会の開催を無期延期したため,東の民衆の怒りを買い,連盟はヤヒア政権と真向から対立。ヤヒア,ラーマン,ブットーの三者会談も不首尾に終り,3月 26日,大統領は連盟の非合法化を宣言,ラーマンの逮捕に踏切った。同日,ティッカ・カーン東パキスタン戒厳司令官は,東における反政府運動の武力弾圧を開始。これに対抗して連盟は東パキスタンの独立を宣言し,各地でムクチ=バヒニ (解放軍) が武装蜂起,4月 10日には「バングラデシュ人民共和国」新政権を樹立。当初,中央政府軍の進撃によって鎮圧は成功かと思われたが,11月インド正規軍の全面介入によって,第3次印パ戦争が勃発。パキスタン軍が 12月 16日無条件降伏したため,バングラデシュの独立は達成された。同 22日バングラデシュの臨時政府ダッカに帰り,72年1月には西パキスタンから帰還したラーマンが首相に就任,暫定憲法が施行されて,独立後の新体制が発足した。

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