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パレスチナ・ゲリラ Palestinian guerrilla

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

パレスチナ・ゲリラ
Palestinian guerrilla

1950年代後半以降アラブ諸国において結成されたパレスチナ人のさまざまな反イスラエル武装闘争組織の総称。当初,パレスチナ人はアラブ諸国の反イスラエル闘争に散発的に参加するにとどまっていたが,1950年代後半,アラブ諸国に居住しているパレスチナ人の間でイスラエルに対する武装闘争 (主としてゲリラ活動) を行なうための組織づくりが始まり,1960年代には 20以上の組織が結成され,活発にゲリラ活動を行なうようになった。しかし,パレスチナ人がアラブ各国に分散居住を余儀なくされている実情を反映して,これらの武装組織もばらばらに結成され,イデオロギー的にも戦術的にもさまざまで,また組織結成後多くの分裂を繰り返してきた。1964年パレスチナ解放機構 PLOが結成されたが,結成当初の PLOには最大のゲリラ組織であるファタハなどは加わらなかった。その後 1969年にファタハのヤセル・アラファトが PLO議長に就任するにいたってほとんどのゲリラ組織が PLOの傘下に加わるようになった。しかしパレスチナ解放の闘争方針,特にイスラエル国家との共存の可否をめぐって路線対立が絶えず,PLO内に主流派と反主流派の抗争があるほか,PLOから出て独自のテロ活動を行なっている分派も少なくない。おもなゲリラ組織としては,ファタハ,パレスチナ解放人民戦線 PFLP,パレスチナ解放民主戦線 DFLP,パレスチナ解放戦線総司令部派 PFLP-GC,サイカ,アラブ解放戦線 ALFなどがある。こうしたゲリラ組織のなかには PFLP,「黒い九月」など 1970年代初めに過激なテロ活動,たとえば 1972年5月の日本赤軍らと組んだテルアビブ事件,同年9月のミュンヘン・オリンピック村襲撃事件などを展開して世界中から非難を受ける集団が少なくなかった。しかし PLOの国際的地位が高まるにつれて,こうした過激なテロ活動よりも国際世論への働きかけを目指した政治活動へとしだいに転換,1988年12月にアラファト議長が「あらゆる形態のテロの放棄」を宣言して以降は,過激なテロ活動を行なうのはおもに PLOから出た分派グループとなった。

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