日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
アフリカン・アメリカン音楽
あふりかんあめりかんおんがく
African-American music
アメリカ合衆国におけるアフリカ系アメリカ人による音楽の総称。従来使われていたニグロ音楽Negro music(黒人音楽Black music)、アメリカ黒人音楽American Black music、アフロ・アメリカン音楽Afro-American musicという呼称とくらべ、差別性が希薄で、民族的な出自をより明確にした語として、現在では広く用いられている。
[山田陽一]
初期の形態
アフリカン・アメリカン音楽のもっとも初期の形態としては、18~19世紀に南部のプランテーション(大土地所有に基づく大規模農園)で労働者たちが農作業に伴って無伴奏で歌ったとされるフィールドハラーfield holler(ハラーは「叫ぶ」の意)とワークソング、そして野外伝道集会でのリングシャウトring shout(輪になって踊りながら叫び歌う)がある。フィールドハラーとワークソングの唱法はブルースの成立に大きな影響を与え、リングシャウトはゴスペル音楽の唱法のもとになった。また、南部の教会では、白人福音伝道者の説教に由来するスピリチュアル(いわゆる黒人霊歌)が歌われていた。
[山田陽一]
19世紀末~1930年代
19世紀末ごろには、ミシシッピ川のデルタ地域で、ギターの弾き語りによるカントリー・ブルースが生まれ、セントルイスでは、シンコペーション(切分音(せつぶんおん))を特徴とするピアノ音楽のラグタイムが登場した。また、ゴスペル賛美歌とよばれる新しい音楽が出現したのもこのころである。ゴスペル音楽は、スピリチュアルに似た歌詞をもつが、シンコペーションを強調した、よりアフリカ的なスタイルをとっていた。さらにジャズの歴史も同じころに始まった。初期のジャズには、アフリカ音楽のリズム、ブルースの音階、ヨーロッパ音楽のハーモニーと形式、アメリカのブラスバンドの楽器など、さまざまな音楽的要素の影響がみられた。
1900年代に入ると、街角の福音伝道師の歌唱スタイルに影響を受けたブルースが南部一帯に広まり、1910~1920年代には、ジャズ・バンドの伴奏で女性歌手が歌うクラシック・ブルースが人気を博した。1930年代になると、ラグタイムの影響を受けたピアノ音楽シティ・ブルースがセントルイスを中心に流行し、シカゴではアーバン・ブルースやダウンホーム・ブルースが発展する。ゴスペル音楽に関しては、1900年代にメンフィスのペンテコステ派教会が、説教師による歌いかけと会衆の応唱からなる熱狂的な礼拝のやり方を定めたことにより、その基本的スタイルが確立された。1920年代になると、多くの黒人教会が男性のゴスペル・クァルテットを育成しはじめ、1930年代には、ゴスペルを歌う説教師たちとともに、教会外でも頻繁に演奏が行われた。また、ニュー・オーリンズでは、20世紀初頭に、葬儀における行進や街頭パレードのためのバンド音楽からディキシーランド・ジャズが生まれた。その後ジャズは急速に合衆国中へ広がり、ニューヨークでは、ラグタイムをもとにしたストライド・ピアノ奏法が人気を得た。1930年代には、ブルースの影響を受けたピアノ音楽ブギ・ウギがポピュラーになった一方で、ビッグ・バンドによるスウィング・ジャズが全盛をきわめた。
[山田陽一]
1940年代~1950年代
1940年代から1950年代にかけて、ボーカル、電気ギター、ハーモニカ、ピアノ、ドラムからなるシカゴ・ブルースによって、ブルースは黄金期を迎える。同じころ、シャウト唱法を特徴とするジャンプ音楽の影響を受け、ブルースのリズムを強調したリズム・アンド・ブルース(R&B)が生まれた。1950年代には、ゴスペルやロックン・ロールの唱法を取り入れたり、ドゥーワップdoo-wopとよばれるコーラス形態のボーカル・グループが数多く結成された結果、R&Bは非常にポピュラーな音楽となり、ロック・ミュージックのルーツともなった。他方、ゴスペル音楽とスピリチュアルは1940年代までに黒人教会における合唱歌として統合され、1950年代になると、ゴスペル・シンガーたちはコンサート・ホールやテレビ番組などに積極的に進出するようになった。ジャズの世界では、1940年代初めに、小規模なバンド編成のなかでコード進行とメロディの展開をより複雑にした、ビ・バップとよばれる革新的な音楽が出現。1950年代にはドライブ感をさらに強め、ゴスペルやブルースの音楽語法を取り込んだハード・バップが支配的となった。
[山田陽一]
1960年代以降
1960年代に入ると、ブルース、R&B、ゴスペルの要素をあわせもちながら、より柔らかいサウンドと甘美なメロディを特徴とするソウル・ミュージックの人気が高まった。そのため1970年代にブルースの勢いは衰え始めたが、1980年代になると、若いソウル・ブルース・シンガー(兼ギタリスト)が数多く登場し、ふたたび力を盛り返した。ゴスペルは、1960年代から1970年代にかけて、より複雑なハーモニーと洗練された発声法をもつ現代的な音楽へと変容を遂げ、1980年代以降もR&Bやソウル、ジャズと結びつきながら、根強い人気を保っている。また、1980年代には、韻律のある歌詞を速いスピードで語り唱える、ラップとよばれる新しい歌唱スタイルが出現した。初期のラップの担い手は、ニューヨークに住む十代のアフリカ系アメリカ人たちだったが、1980年代なかばには、合衆国のみならず世界中に急速に広まっていった。
他方、ハード・バップ以降のジャズは、1950年代終わりごろから、インド古典音楽の要素やモード(旋法)を取り入れるなど、実験的な試みを行っていたが、1960年代に入ると、コードやメロディ、規則的なリズムを捨て去り、無調による自由な即興演奏を基本とするフリー・ジャズが生み出された。その後1970年代には、ジャズとロックが融合し、電子音楽化したフュージョンが現れ、1980年代になると、スウィングやバップの要素からなる主流派ジャズへの回帰が顕著となった。1990年代以降のジャズは、主流派ジャズの流れをくむストレート・アヘッド・ジャズや実験的なフリー・ジャズ、あるいはライブ演奏にコンピュータ・サウンドを組み込んだジャズなど、多様な方向に拡散している。
[山田陽一]
『フランク・ティロー著、中嶋恒雄訳『ジャズの歴史』(1993・音楽之友社)』▽『S・H・フェルナンド Jr.著、石山淳訳『ヒップホップ・ビーツ』(1996・ブルース・インターアクションズ)』▽『悠雅彦著『ジャズ――進化・解体・再生の歴史』(1998・音楽之友社)』▽『M・コステロ、D・F・ウォーレス著、佐藤良明監修、岩本正恵訳『ラップという現象』(1998・白水社)』▽『シドニー・W・ミンツ著、藤本和子編訳『〈聞書〉アフリカン・アメリカン文化の誕生』(2000・岩波書店)』▽『北村崇郎著『ニグロ・スピリチュアル――黒人音楽のみなもと』(2000・みすず書房)』▽『アンソニー・ヘイルバット著、中河伸俊他訳『ゴスペル・サウンド』改訂版(2000・ブルース・インターアクションズ)』▽『村井康司著『ジャズの明日へ――コンテンポラリー・ジャズの歴史』(2000・河出書房新社)』▽『小川洋司著『深い河のかなたへ――黒人霊歌とその背景』(2001・音楽之友社)』