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フェデルブ フェデルブFaidherbe Lucas

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フェデルブ
Faidherbe Lucas

[生]1617. メヘレン
[没]1697.12.31. メヘレン
フランドルの彫刻家,建築家。ルーベンスの弟子でイタリアに学び,帰国後はメヘレンに定住。バロック風のはなやかな作風で,主要作品はメヘレンのノートル=ダム・ダンスウィック聖堂の設計と装飾彫刻。

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世界大百科事典 第2版の解説

フェデルブ【Louis Léon César Faidherbe】

1818‐89
19世紀後半のアフリカ大陸分割期のフランス植民地行政官。1854年,フランス領植民地セネガルの総督に任命されて以降,それまでセネガル沿岸部にとどまっていたフランスの権益を内陸部にまで拡張することに力を注ぎ,60年にはフランスの支配権はニジェール河岸にまで到達した。そして65年,彼が総督を辞任するころまでには,のちのフランス領西アフリカの礎となる広大な地域に対するフランスの支配権が確立していた。その後,アルジェリア植民地軍に配属されたのち,70年,普仏戦争に北方軍司令官として参戦した。

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世界大百科事典内のフェデルブの言及

【セネガル】より

…17~18世紀の間,イギリスとフランスがこの地を激しく奪い合った末,1814年フランスはサン・ルイ,ゴレ島などを最終的に獲得し,57年ガンビアを放棄した。 フランスが本格的な植民地化を行ったのは総督フェデルブ(在任1854‐65)の時代である。フェデルブは現地の小王国の抵抗を打ち破り,イスラムの聖戦を広げていたトゥクロール族のハジ・ウマルを撃退して,のちのフランス領西アフリカの基礎を築いた。…

※「フェデルブ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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