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ブルノンビル

百科事典マイペディアの解説

ブルノンビル

デンマークの舞踊家,振付家。フランス人の舞踊家を父に,スウェーデン人を母にコペンハーゲンに生まれる。デンマーク王立バレエ学校に学んだのち,パリの舞踊家オーギュスト・ベストリス〔1760-1842〕に師事。パリのオペラ座で活躍後帰国し,1830年デンマーク王立バレエ団の首席舞踊手兼監督に就任,1877年まで監督を務める。フランス流の洗練されたバレエ様式をもとに,演劇性を重視した独特のスタイルを完成させ,デンマーク・バレエの黄金時代を築いた。その技法は弟子を通じてロシア・バレエにも影響を与えている。他国では失われてしまったロマンティック・バレエ時代の技法を伝えるものとしても,その作品は貴重。代表作に《ラ・シルフィード》(1836年),《ナポリ》(1842年),《おとぎ話》(1854年)がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

ブルノンビル【Auguste Bournonville】

1805‐79
デンマークの舞踊家,振付師。フランス人の舞踊家を父とし,コペンハーゲンに生まれる。王立デンマーク・バレエ学校で学び,パリのオーギュスト・ベストリスにも師事する。パリ・オペラ座で活躍し,1830年コペンハーゲンに戻り王立デンマーク・バレエ団の首席舞踊手兼監督となる。フランス派の技法を基盤としながら,細かいステップの組合せの中に大きな技をさりげなくとり入れる独得のスタイルを完成した。その技法は弟子のヨハンソンを通じてロシア・バレエに大きな影響を与えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ブルノンビル
ぶるのんびる
August Bournonville
(1805―1879)

デンマークのバレエ振付者、教師。コペンハーゲンに生まれる。デンマーク王立舞踊学校を卒業後、パリでマリー・タリオーニのパートナーなどをし、母国に帰り、1830年王立バレエ団の芸術監督となった。改訂版『ラ・シルフィード』(1836)、『ナポリ』(1842)、『ラ・ベンターナ』(1856)、『ジンツァーノの花祭』(1858)などいまでも残る作品を発表。パリのロマンチック・バレエに対し、また趣(おもむき)の異なるロマンチシズムを展開した。現在デンマークから優れたダンサーが現れるのも、ブルノンビルの教育システム、作品がよく保存されているからといわれる。[市川 雅]

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世界大百科事典内のブルノンビルの言及

【デンマーク】より

…コペンハーゲン以外でも,オーゼンセ,オーフス,オールボーの諸市にも劇場があって,地方の文化生活に重要な位置を占めている。今日国際的に知られる王立バレエ団は,指導と振付に才能を発揮したブルノンビル(1805~79)が育成した。
[美術]
 デンマークの美術は先史時代,とりわけ青銅器時代に,形式の点で他の北欧諸国よりも豊かであった。…

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