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ベネズエラ史 ベネズエラし

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ベネズエラ史
ベネズエラし

1498年8月,C.コロンブスが第3次遠征の途中ベネズエラ東部に到達。翌年 A.オヘダの率いる遠征隊が上陸してスペイン領となり各地に植民地が建設された。 18世紀後半本国の植民地政策に反発するクリオーリョたちの間に次第に独立の機運が醸成され,1806年 F.ミランダが独立の兵をあげたが失敗。 10年にはカラカスのスペイン総督を追放して翌 11年第1回のベネズエラ共和国の独立を宣言したが,1年後に再びスペインに支配され,13年には S.ボリバルが2回目の独立を試みたが,これも1年でスペイン軍に敗れた。しかし不屈のボリバルは独立運動を継続し,19年コロンビアを解放,独立させ,ベネズエラとエクアドルを含む大コロンビア共和国樹立を宣言,21年にはベネズエラのスペイン軍を一掃し,翌年エクアドルを解放した。しかし独立後の内部抗争とボリバルの指導力の低下により,29年 11月ベネズエラはベネズエラ共和国として分離独立。独立以来軍部独裁が続き,A.グスマン・ブランコ (在任 1883~88) ,C.カストロ (在任 98~1908) ,V.ゴメス (在任 08~35) らが君臨した。第2次世界大戦中石油産業などの急速な発展に伴い,労働者階級の勢力が伸長し,これを背景とする民主行動党 ADと,改革を求める青年将校らが 1945年クーデターを起し,軍事政権を倒した。民主行動党は農地改革法を公布し,電力・鉄鋼公団を創設して,民族資本の育成や企業統制を進めたが,急激な改革は 48年の軍事クーデターを招き,M.ペレス・ヒメネスの陸軍独裁政治が行われた。 58年海・空軍の反対勢力が同政権を打倒,R.ベタンクール (在任 59~64) ,R.レオニ (在任 64~69) 両 AD政権がそのあとを継承し,経済開発,国民生活の向上,農地改革と教育,医療施設の充実に力を注いだ。 69年誕生したキリスト教民主党 COPEIの R.カルデラ政権は石油産業の国有化を開始し,74年発足した ADの C.アンドレス・ペレス政権はこれを引継いでアメリカ系石油会社を国有化した。以降 COPEIと ADが交互に政権を担当していたが,COPEIの創立者であるカルデラ元大統領が新たに国民統一 CNを結成して 93年末大統領に当選,1958年以来の二大政党制が崩れた。

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