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ペール pale

翻訳|pale

デジタル大辞泉の解説

ペール(pale)

多く、色彩を表す語に付いて、淡い、薄いの意を表す。「ペールトーン」「ペールグリーン」

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

ペール【Pale】

イギリスが他国の領土内に保有し自国の法律と国教により統治を行っていた地域を指す。〈柵〉または〈境界〉を意味するpaleに発する。最も著名なものはアイルランドのダブリンを核とするもの(English Pale)で,ヘンリー2世のアイルランド遠征(1171)以来形成された。この地域がペールと呼ばれるようになったのは14世紀以降のこととされているが,イギリス支配の拠点ダブリンの統治下にある地域という意味で用いられたペールの用例は,1446年の文書が最古のものである。

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大辞林 第三版の解説

ペール【pail】

バケツ。円筒型容器。

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世界大百科事典内のペールの言及

【アイルランド】より

…1216年にはマグナ・カルタがアイルランドにも適用され,64年にはキルデア県のカスルダーモットではじめて議会が開かれるが,議員はすべてアングロ・ノルマン貴族であった。しかし,彼らはアイルランドの族長と結んでゲール化し,イギリスへの忠誠は弱まり,14世紀には,イギリスが直接支配する地域はダブリン周辺のペールと呼ばれる部分のみとなってしまった。こうした状態を打破し,再びアイルランド支配を確立したのが,チューダー朝の征服である。…

【ダブリン】より

…11世紀にアイルランドの族長ブライアン・ボルーがデーン人を打ち破ったのちも,ダブリンのデーン人はその勢力を保持し,キリスト教に改宗,アイルランド人と通婚して,長く平和裏に町を発達させていった。12世紀にはノルマン・コンクエスト後のイギリスに侵略され,1171年ヘンリー2世がアイルランド太守になってのちは,ペールと呼ばれるイギリス勢力圏の中心として,アイルランド支配の拠点になった。ばら戦争ではヨーク派の拠点となり,ピューリタン革命の際はO.クロムウェルに占領され,さらにウィリアム3世が進駐するなど,ダブリンは繰り返しアイルランドの歴史を大きく変える事件の舞台となった。…

※「ペール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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