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ボーゲ

百科事典マイペディアの解説

ボーゲ

ノルウェーの化学者。オスロの王立フレデリク大学で学び,1862年同大学教授。グルベルグとともにエステル生成の反応速度を研究して1867年質量作用の法則を発見した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ボーゲ【Peter Waage】

1833‐1900
ノルウェーの化学者。南ノルウェーに生まれ,1854年C.M.グルベルグと同時にクリスティアニア(現,オスロ)大学に入学し,3年間医学を学んだ後,鉱物学と化学のコースに転じた。59年卒業してフランスとドイツに留学したが,おもにハイデルベルクのR.W.ブンゼンの下で勉学を続けた。帰国後,62年クリスティアニア大学の化学の教授に就任した。このころから数学者であるグルベルグ(1870年にボーゲがグルベルグの妹と結婚したので,ふたりは義兄弟となる)と協同で化学親和力に関する研究を始め,〈質量作用の法則〉の発見に至った。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ボーゲ
ぼーげ
Peter Waage
(1833―1900)

ノルウェーの化学者。ワーゲともいう。最初は医学を学んだが、のちに化学、鉱物学に進み、学生時代の1858年酸素ラジカルに関する論文で皇太子金賞牌(はい)を授与される。1860年奨学金を受けてフランス、ドイツに留学し、ブンゼンの下で研究。帰国後、クリスティアニア(現在のオスロ)の王立フレデリク大学化学教授。義兄のグルベルと共同で化学平衡について研究し、質量作用の法則を完成させた。その後、牛乳保存や魚類の開発利用など多くの社会的問題に関心を注いだ。1868年工芸協会の委員長を務め、今日のノルウェー化学会の基礎を築く。科学アカデミー委員、特許委員会委員、度量衡国有原器の監督委員などとして活躍し、ノルウェー近代化学の発展に寄与した。[後藤忠俊]

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世界大百科事典内のボーゲの言及

【化学】より

…ウィルヘルミLudwig Ferdinand Wilhelmy(1812‐64)は,ショ糖の転化速度を数式に表現して化学反応速度の定量的扱いに成功した。1862年,ノルウェーのC.M.グルベルグとP.ボーゲは,化学平衡の位置は各成分の濃度比で決まるという〈質量作用の法則〉を述べた。ギブズやグルベルグとボーゲの研究は当時の学問の中心であるヨーロッパから離れたところでなされたため,すぐには影響を与えることはできなかったが,やがてF.W.オストワルトによってギブズの研究が紹介された。…

【化学反応】より

…引き続きフランスのP.E.M.ベルトロは,酢酸とエチルアルコールとのエステル化反応で,エステルの生成速度が反応物質の量に比例すること,エステル化反応の逆反応である酢酸エチルの加水分解によってもエステル化の場合と同じ平衡点が実現することを見いだした。1864年,ノルウェーのC.M.グルベルグとP.ボーゲは,式(1)の平衡において,平衡点は水に可溶な反応物質(K2CO3,K2SO4)の量でほぼ決まってしまうことを見いだし,平衡状態を決定するのは質量以外に容積であるという考えに到達した。他の条件が等しければ反応の駆動力は反応物の活性質量の積に比例し,化学平衡の状態は正方向の反応と逆方向の反応の駆動力が等しいときに出現すると考えた。…

※「ボーゲ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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