マンスホルト(読み)まんすほると(英語表記)Sicco Leendert Mansholt

日本大百科全書(ニッポニカ) 「マンスホルト」の意味・わかりやすい解説

マンスホルト
まんすほると
Sicco Leendert Mansholt
(1908―1995)

オランダの政治家。デベンター国立農業大学卒業後、農業に従事。一時ジャワで茶園を経営した。第二次世界大戦後、労働党に入党。1945~1958年の間に農業、漁業食糧の各相に就任。1958年ヨーロッパ経済共同体EEC発足とともに副委員長に就任、共通農業政策の実現に貢献した。とくに1962年の農産物の市場拡大、共通価格制の実施、域内農業の保護、農業基金の創設を盛り込んだ第一次マンスホルト計画を推進、EECからヨーロッパ共同体(EC)への発展の契機をつくった。また1968年には農業の近代化、合理化のため農業人口の削減、農業経営規模の拡大、離農奨励と援助、老齢農民の年金支給をうたう第二次マンスホルト計画を提案、成立させ、EC農業の安定に努力した。1972年第4代EC委員長に就任、1973年1月の拡大EC発足とともに辞任した。

[藤村瞬一]

『名東孝二訳編『地球を守る経済学』(1974・読売新聞社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マンスホルト」の意味・わかりやすい解説

マンスホルト
Mansholt, Sicco Leendert

[生]1908.9.13. フローニンゲン近郊
[没]1995.6.30. オランダ
オランダの政治家。デベンター国立農業大学卒業後,1924~34年農業に従事。 34~36年インドネシアの茶園で働いた。第2次世界大戦中は対ドイツ・レジスタンス運動に参加。戦後労働党に入党。 45~48,51~52,56~58年農・漁・食糧相。 58~67年ヨーロッパ経済共同体 EEC副委員長。 70年同副委員長として EEC,ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体 ECSC,ヨーロッパ原子力共同体 EURATOM統合尽力,72~73年ヨーロッパ共同体 EC委員長に就任。

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