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ミッタイス ミッタイス Mitteis, Heinrich

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ミッタイス
ミッタイス
Mitteis, Heinrich

[生]1889.11.26. プラハ
[没]1952.7.27. ミュンヘン
ドイツの法制史家。ハイデルベルク (1924) ,ミュンヘン (34) 各大学の法制史,民法,家族法などの教授をつとめた。 1935年ナチス支配を逃れてウィーンに移り,ドイツ=オーストリア合邦後ロストックに追放されたが,第2次世界大戦後,46年ベルリン大学,48年ミュンヘン大学教授に復帰。

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世界大百科事典 第2版の解説

ミッタイス【Heinrich Mitteis】

1889‐1952
ドイツの法制史学者。高名なローマ法学者ルートウィヒミッタイスLudwig Mitteisの子。ライプチヒベルリン両大学に学び,1919年ハレ大学で大学教授資格を取得,21年ケルン大学,24年ハイデルベルク大学,33年ミュンヘン大学,35年ウィーン大学,38年ロストク大学,46年ベルリン大学,48年ミュンヘン大学教授を歴任。この間,1933‐45年にはナチスの迫害を受けた。47年から死亡するまで,法制史雑誌として世界的な権威をもつ《サビニー財団法制史雑誌》のゲルマン法,ローマ法,カノン法の3部門を通じての編集代表者を務めているが,これは彼の法制史学者としての権威がいかに高かったかを物語っている。

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世界大百科事典内のミッタイスの言及

【法制史】より

…その体系的な中世的国家論を支えていた近代的諸概念(19世紀ドイツの国法学的諸概念)の中世史研究への無反省な適用がしりぞけられ,中世的な国制を対象に即して正しく把握すべきことが提唱された(ギールケらも,一種の自由主義的国法・国家概念に基づいていたかぎりで,批判を免れなかった)。こうした動向とも関連して,戦後まもなく,伝統的な法史学に対する徹底的な反省が加えられ,その生存価値が正面から問われることになった(ミッタイス)。日本でも戦後,それまでのドイツ的法史学に対する批判が提起された(その際,マルクス主義や法社会学の影響が強くみられたことはドイツの学界にはない特色といえる)。…

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