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ユドヨノ Yudhoyono, Susilo Bambang

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ユドヨノ
Yudhoyono, Susilo Bambang

[生]1949.9.9. パチタン
インドネシアの政治家。大統領(在任 2004~14)。貴族階級出身の裕福な家庭に生まれた。1973年に士官学校を卒業後,父親にならって陸軍に入隊。1980年代初めにアメリカ陸軍歩兵将校上級課程を修了,1991年にアメリカ陸軍指揮幕僚大学に学ぶ。同 1991年ウェブスター大学で経営学修士号,2004年インドネシアのボゴール農業大学で農業経済学博士号を取得。1995年ボスニア・ヘルツェゴビナに派遣された国連保護軍の主席軍事オブザーバーを務め,軍の社会政治参謀長などを経て中将に任命され,2000年に退役した。2000~04年,ワヒド政権,メガワティ政権下で主要閣僚を務めた。2004年9月大統領選挙の決選投票で現職のメガワティ・スカルノプトリ大統領を大差で破り,インドネシア初の直接選挙で選ばれた大統領となった。同 2004年12月スマトラ島沖地震で政権は最初の試練に直面した。しかし,大幅な経済成長を実現し,厳正な汚職裁判を断行するなど汚職撲滅への取り組みが称賛を集めた。2009年大統領選挙で圧勝し,再選を果たした。2014年10月,任期満了に伴い退任した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ユドヨノ
ゆどよの
Susilo Bambang Yudhoyono
(1949― )

インドネシアの政治家。東ジャワ州パチタン県出身。1973年、国軍士官学校を首席で卒業。1990年、アメリカ陸軍指揮幕僚大学に留学し、翌1991年、ウェブスター大学で経営学修士号を取得した。1996年、インドネシア陸軍ジャカルタ軍管区参謀長に就任。国権の最高機関である「国民協議会」副議長、国軍領域参謀長を歴任し、1999年10月、ワヒド政権で鉱業エネルギー相。2000年8月には同政権で調整相(政治・社会・治安担当)に就任したが、2001年6月、政治資金疑惑をめぐる弾劾審議を拒否したワヒド大統領と対立、解任された。
 2001年8月、メガワティ政権でふたたび調整相(政治・治安担当)で復活したが、2004年3月、大統領再選を狙うメガワティとの確執が強まり、辞職した。同年7月、インドネシア初の直接選挙による大統領選に立候補。メガワティとの決選投票に持ち込まれたが、9月の投票で圧勝し、10月、第6代大統領に就任した。2005年8月には、スマトラ島のナングロ・アチェー・ダルサラム州の分離独立を目ざす武装組織「自由アチェ運動(GAM)」と和平合意。テロ対策にも力を注いでいる。2009年7月大統領再任。[金子 亨]
『松井和久、川村晃一編著『インドネシア総選挙と新政権の始動―メガワティからユドヨノへ』(2005・明石書店)』

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