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ライヘナウ修道院 ライヘナウしゅうどういん

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世界大百科事典 第2版の解説

ライヘナウしゅうどういん【ライヘナウ修道院】

中・近世のドイツ修道院。724年伝道者ピルミンが南西ドイツ地方ボーデン湖の小島ライヘナウReichenauに創建し,初代院長となった。カール・マルテルも大寄進をもって建設を助け,これをアラマンネン族の地へのフランク勢力浸透の拠点にしようとした。8世紀末からカロリング朝王権との結合が再び強まり,ベネディクト会の帝国修道院として9世紀にその最盛期を迎える。80ないし120人の修道士が共住し,近隣のザンクト・ガレン修道院と並んで,修道生活の指導的地位にあり,その《祈禱兄弟盟約者名簿》には盟約関係にある150以上の修道院と4万に近い修道士,聖職者,俗人の名まえが記載されている。

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世界大百科事典内のライヘナウ修道院の言及

【オットー美術】より

…このほか,ケルン,トリール,レーゲンスブルクなどにそれぞれの特徴をもつ画派が生まれた。とくにライヘナウ修道院は,この時期の写本画芸術の頂点をなす《オットー3世の福音書》《ハインリヒ2世の聖書抄本》などを生み,これらの図像は緊張感と明晰さにあふれ,太い輪郭線,大きく見開かれた目などに特色を示す。建築においては,西構え(ウェストウェルクWestwerk)と二重内陣形式(東西に内陣をもつ)などカロリング建築の伝統を継承した。…

【ドイツ美術】より

… 窓の小さなロマネスク建築の堂内壁面は多彩なフレスコ画で覆われていたが,ライヘナウのオーバーツェルOberzellやシュワルツラインドルフSchwarzrheindorfのほかにその遺構はあまり多くない。代わって写本芸術はドイツ各地で最盛期を迎え,とくにロマネスク初期のライヘナウ修道院で作成された数々のミニアチュールには,豊麗な色彩と現実空間の再現を意図しない描写法とによる強烈な精神性の表現がみられる。《コデックス・エグベルティ》(990ころ),《ハインリヒ2世の福音書抄》(11世紀初頭),バンベルクの《黙示録》(11世紀初頭)はそのみごとな作例である。…

※「ライヘナウ修道院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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