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リベリウス リベリウスLiberius

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

リベリウス
Liberius

[生]?
[没]366.9.24. ローマ
教皇 (在位 352~366) 。アリウス派の再興勢力に対してニカイア公会議の精神の保持に尽力。アタナシウスを守るため皇帝コンスタンチウス2世に公会議開催を働きかけたが,皇帝は 355年アルル教会会議を開いてアタナシウスを断罪。この決定への署名を拒んで追放され,対立教皇フェリクス2世が立った。数年後妥協してローマに帰還した。

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世界大百科事典 第2版の解説

リベリウス【Liberius】

465ころ‐554以後
オドアケル東ゴート王に仕えたイタリア元老院貴族。東ゴート王テオドリックは493年リベリウスをイタリア道長官に任じ,500年パトリキウス称号を授与した。511‐534年ガリア(プロバンス地方)長官を務める。土地分割の責任者として東ゴートのイタリア定着を円滑に進め,カッシオドルスらローマ貴族層からもその手腕を称揚された。534年テオダハド王の使節としてコンスタンティノープルに赴いたが,前王母アマラスンタ殺害を知ってユスティニアヌス帝のもとに投じ,その後東ローマ政府の要職に就いた。

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