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ルッジェーロ[2世] Ruggero II

世界大百科事典 第2版の解説

ルッジェーロ[2世]【Ruggero II】

1095‐1154
シチリア王。シチリア伯ルッジェーロ1世の子。1113年シチリア伯となる。北アフリカ(現在のチュニジア沿岸)を攻撃したが失敗。南イタリアへも勢力を拡大し,教皇,カプア公,その他の諸侯と対立しながら28年にプーリア公となった。対立教皇アナクレトゥス2世の支持を得てシチリア王の称号を獲得し,パレルモで戴冠した(1130)。教皇インノケンティウス2世は,神聖ローマ皇帝タール3世,ビザンティン皇帝ヨハネス2世,ピサ,ジェノバなど南イタリアに強力な国家が成立するのをきらっている勢力を結集し,ルッジェーロに対抗した。

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世界大百科事典内のルッジェーロ[2世]の言及

【イドリーシー】より

…セウタに生まれ,コルドバで学ぶ。スペインと北アフリカの各地を旅した後,ノルマン王国国王ルッジェーロ2世に招かれてパレルモの王宮に居を定める。その後,1165年に他界するまでルッジェーロ2世,グッリエルモ1世の2人の王に仕え,当時のノルマン宮廷のアラブ・イスラム文化を代表する学者となった。…

【シチリア王国】より

…このころメッシナに定住していたノルマン人がこの内紛に乗じてシチリアに進出,1061年から91年までに全島を征服した。その指導者ルッジェーロ1世は〈シチリアとカラブリアの伯〉を称し,その子ルッジェーロ2世は〈シチリアとプーリアの王〉となり,ここにシチリア王国が成立した。彼は教皇庁と争ってその王位を承認させ,トリポリなど北アフリカ沿岸への遠征を行って,地中海における重要な勢力となった。…

※「ルッジェーロ[2世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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