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ロマノフ Mihail Fyodorovich Romanov

デジタル大辞泉の解説

ロマノフ(Mihail Fyodorovich Romanov)

[1596~1645]ロシア、ロマノフ朝の初代皇帝。イワン4世の甥の子。1613年ゼムスキーソボール(全国会議)によりツァーリ(皇帝)に選出され即位。農奴制を強化。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ロマノフ

ミハイル・ロマノフ」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ロマノフ
ろまのふ
Григорий Васильевич Романов Grigoriy Vasil'evich Romanov
(1923―2008)

ソ連の政治家。第二次世界大戦に参加し、1944年にソビエト共産党入党。戦後レニングラード(サンクト・ペテルブルグ)のジダーノフ記念レニングラード造船工場設計部に勤務(1946~1954)、この間にレニングラード造船大学を卒業(1953)した。1955年より同工場での党活動に専従、1957年同市キーロフ区書記、1961年市委員会書記、1963年レニングラード州党第二書記、1970年より同第一書記となった。また中央でも1966年より党中央委員、1973年党政治局員候補、1976年の第25回党大会で政治局員となり、1983年には中央委書記を兼任し、1980年代前半には若手のホープとされた。しかしゴルバチョフが書記長に就任した後、1985年に解任され、年金生活に入った。[藤本和貴夫]

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