農奴(読み)ノウド

百科事典マイペディアの解説

農奴【のうど】

ヨーロッパ封建社会で領主に対して強度の隷属関係にある保有農民。荘園農民の標準的身分で,その特色は,世襲的な人身的隷属のほか,保有地処分権や聖職者資格の欠如,土地への緊縛,賦役労働・フォルマリアージュ(結婚税)・人頭税・マンモルト死亡税)の負担など。ただし財産所持や婚姻などの権利能力をもつ点は奴隷と異なる。農奴身分的諸規定の廃止(いわゆる農奴解放)は,フランスでは解放状の交付により,英国やドイツ西部地方では慣習法により行われたが,農民層全体の地位向上によるところが大きかった。ロシアでは17世紀以降農奴制が法的にも強化され,その〈近代化〉を支えたが,19世紀半ば農奴解放令が出された。→佃戸(でんこ)
→関連項目コロナトゥスドイツ農民戦争農民一揆領主裁判権

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世界大百科事典 第2版の解説

のうど【農奴 serf】

封建社会において,領主の支配・隷属下にあった農民のあり方に関する概念であるが,何を基準に農奴とみるかについては,歴史学経済学,法学といった分野によっても,また地域・時代によっても一様ではない(〈農奴制〉の項目を参照)。ここでは西欧とロシアに限定して論じるが,日本,中国などの前近代の農民のあり方については,〈荘園〉〈地主〉〈小作制度〉などの項目を参照されたい。
[西欧]
 西欧中世社会は,当初から支配・隷属関係を内包していたが,中世初期を通じてますます多くの人間がそこにとらえられていった。

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大辞林 第三版の解説

のうど【農奴】

ヨーロッパ封建社会における自由を制限された農民。領主の身分的支配を受け、土地に縛られて移転の自由をもたない。領主から貸与された土地を耕作し、賦役・貢納などの義務を負う。

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世界大百科事典内の農奴の言及

【グーツヘルシャフト】より

…16世紀から19世紀初頭までエルベ川以東のドイツで支配的な領主制であり,同様なタイプは広く東ヨーロッパ地域においても認められる。F.エンゲルスはこれを再版農奴制die zweite Leibeigenschaftと表現し,日本では農場領主制と訳されることもある。この領主制下では農民はラスベジッツLassbesitzというきわめて劣悪な土地保有権のみをもち,領主に人格的に隷属し所領に緊縛されている農奴あるいは世襲隷民Erbuntertanであった。…

【領主制】より

…また,中世農民層の二重の源泉に規定されて,古代末期から持ち越されてきた非自由身分と,自由身分との区別が農民のもとに存続していたが,古典荘園制に組織されていたかぎり,自由身分の農民も実際には非自由身分に近い隷属性を示していたと考えられる。このような領主の所領は一般に荘園と呼ばれ,領主の人身的支配下にあった農民は農奴と呼ばれる。 中世初期には都市的集落が存在し,ことに8世紀からは,小額銀貨による商品・貨幣流通が農村にも存在していた。…

【ロシア】より

… ロシア帝国臣民の3/4以上は農民であったが,狭義のロシア人の中では農民が80%以上の割合を占めていた。1897年の国勢調査の約40年前,すなわち1861年の農奴解放前夜には5000万余りの農民のうち55%が国家農民であり,残りの45%が地主に属する農奴であったと推定されている。農奴は地主の所有物とみなされ,家族ぐるみ,あるいは家族と切りはなされて,売買の対象になった。…

【ロシア帝国】より

…またナポレオン戦争後アラクチェーエフ体制下の屯田兵制が国民の怨嗟(えんさ)の的になった。兵士あがりの下士官・将校の教養は低く,貴族出身の将校は兵士を農奴扱いした。クリミア戦争敗戦後の軍制改革で1874年までに現役期間は6年(海軍は7年)とされ,兵役に関する身分的特権が廃され,軍隊生活もある程度改善された。…

※「農奴」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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