一丁目・二丁目・三丁目・四丁目(読み)いつちようめ・にちようめ・さんちようめ・よんちようめ

日本歴史地名大系 の解説

一丁目・二丁目・三丁目・四丁目
いつちようめ・にちようめ・さんちようめ・よんちようめ

[現在地名]洲本市本町(ほんまち)一―四丁目

城下内(うち)町の中央部を東西に貫く通りの両側にあり、通(とおり)町一丁目などともよばれた。東から西へ一丁目・二丁目・三丁目・四丁目と並ぶ。山下(さんか)一八町のうち。一丁目の東端は馬場(ばば)町、南側のほぼ中ほどに魚(うお)町の通りがあり、同町を挟んで北側六間、南側二〇間の長さであった。二丁目は一丁目から上水筒(かみすいどう)町・下水筒町の通りを挟んで続き、長さ三一間。二丁目と三丁目の間には南北の通りがあり、北は下原(しもはら)丁、南は上原丁の武家地となっていた。三丁目の長さは北側は四〇間、南側は四六間半。四丁目は途中からやや北へ折れており、北側は一九間、南側は二五間。四丁目西端は枡形となって堀端に至り、堀に架かる幅四間の橋を経て外(そと)町へ続いていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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