三保松原・三保浦(読み)みほのまつばら・みほのうら

日本歴史地名大系 「三保松原・三保浦」の解説

三保松原・三保浦
みほのまつばら・みほのうら

三保に鎮座する御穂(みほ)神社を中心とする海岸一帯をいう。古来景勝の地として知られ、また羽衣伝説でも著名である。標高一〇―一五メートルほどの砂丘に松林が連なり、北東方に富士山を望む。三保松原として国指定名勝。和銅元年(七〇八)上野国国司として赴任する途中の田口益人は浄見(きよみ)崎に至って、「廬原の清見の崎の三保の浦の寛けき見つつもの思ひもなし」と詠んでいる(「万葉集」巻三)。「枕草子」のなかで清少納言は「崎は 唐崎、三保が崎」とあげているが、この三保が崎に関しては、当地のほか出雲国美保(みほ)関(現島根県美保関町)や近江国高島(たかしま)郡(現滋賀県高島町)などとする説がある。

三保浦は歌枕として「五代集」「八雲御抄」などの歌学書にあげられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む