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飛鳥井雅世 あすかい まさよ

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美術人名辞典の解説

飛鳥井雅世

室町中期の公卿。雅縁の長男。名は雅氏・雅清。正二位権中納言に至る。『新続古今和歌集』選者。書も能くした。享徳元年(1452)歿、63才。

出典|(株)思文閣
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デジタル大辞泉の解説

あすかい‐まさよ〔あすかゐ‐〕【飛鳥井雅世】

[1390~1452]室町中期の歌人。新続古今和歌集の撰者。著書に「富士紀行」がある。

出典|小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

飛鳥井雅世 あすかい-まさよ

1390-1452 室町時代の公卿(くぎょう),歌人。
明徳元=元中7年生まれ。飛鳥井雅縁(まさより)の子。将軍足利義満・義教(よしのり)の信任をうける。義教の推挙で勅撰(ちょくせん)集の撰者のひとりに指名され,永享11年「新続古今(しんしょくこきん)和歌集」を完成させた。正二位,権(ごんの)中納言。宝徳4年2月1日死去。63歳。前名は雅氏,雅幸,雅清。法号は祐雅。著作に「富士紀行」「蹴鞠条々大概」,家集に「飛鳥井雅世歌集」など。

出典|講談社
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世界大百科事典 第2版の解説

あすかいまさよ【飛鳥井雅世】

1390‐1452(元中7∥明徳1‐享徳1)
室町初期の公卿,歌鞠家。初め雅氏,雅清のち雅世と改む。父は権中納言雅縁。義満以下の足利将軍家の信任を得て幕府宮中など中央歌壇の指導的地位にあった。とくに義教の代には冷泉家とは対照的に寵をうけた。《新続古今集》撰者。1441年(嘉吉1)義教の暗殺直後,正二位に昇り出家(法名祐雅)。著書に《飛鳥井雅世卿歌集》《富士紀行》などがある。飛鳥井家【今泉 淑夫】

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大辞林 第三版の解説

あすかいまさよ【飛鳥井雅世】

1390~1452) 室町時代の歌人。「新続古今集」の撰者。家集「飛鳥井雅世卿歌集」

出典|三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

飛鳥井雅世
あすかいまさよ

[生]元中7=明徳1(1390)
[没]享徳1(1452).2.1.
室町時代の歌人。雅縁の子。本名雅氏,または雅幸,雅清。法名祐雅。後花園天皇の命で『新続古今和歌集』を撰し,永享 11 (1439) 年に完成。また将軍足利義教の富士遊覧に従い,『富士紀行』を著わしている。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

飛鳥井雅世
あすかいまさよ
(1390―1452)

室町前期の歌人。初名雅清。法名祐雅(ゆうが)。正二位権中納言。雅縁(まさより)の子。和歌と蹴鞠(けまり)を師範とする堂上家(とうしょうけ)の人として育ち、将軍足利義教(あしかがよしのり)に信任された。1432年(永享4)義教の供をして駿河(するが)に下り、紀行文『富士紀行』を草した。翌1433年、義教の推挙によって後花園(ごはなぞの)天皇から勅撰(ちょくせん)集の撰者を命ぜられ、1439年『新続(しんしょく)古今和歌集』を完成した。1441年(嘉吉1)義教の横死に殉じて出家したが、子の雅親(まさちか)を擁護して歌壇で活躍した。百首歌や家集『雅世卿(きょう)集』がある。穏健平明な歌風である。[井上宗雄]
 難波潟(なにはがた)しほやくけぶり立ちそひて霞(かすみ)もなびく浦風ぞ吹く
『和歌史研究会編『私家集大成 中世』(1974・明治書院)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内の飛鳥井雅世の言及

【飛鳥井家】より

…なお江戸時代の家禄は928石である。飛鳥井雅世【米田 雄介】。…

※「飛鳥井雅世」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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