三木 茂(読み)ミキ シゲル

20世紀日本人名事典の解説

三木 茂
ミキ シゲル

昭和期の古生物学者 武庫川女子大学薬学部教授。



生年
明治34(1901)年1月1日

没年
昭和49(1974)年2月21日

出生地
香川県木田郡奥鹿村(現・三木町)

学歴〔年〕
京都帝大理学部植物学科〔大正14年〕卒

学位〔年〕
理学博士

主な受賞名〔年〕
朝日文化賞〔昭和25年〕

経歴
京大講師、海軍技師、大阪市立大学理学部教授、武庫川女子大学教授などを歴任。昭和16年国内で発見された植物化石が100万年以前のスギ科の化石であることをつきとめ、メタセコイアと命名。その後、21年には中国・四川省でメタセコイアの巨木が発見され、世界各地に種子が配られた。平成5年大阪市立自然史博物館の収蔵庫に納められていた標本が初公開された。

三木 茂
ミキ シゲル

昭和期の記録映画作家



生年
明治38(1905)年11月15日

没年
昭和53(1978)年9月14日

出生地
高知県高知市

本名
三木 盈吉

主な受賞名〔年〕
文部大臣賞「黒い太陽

経歴
大正10年国際活映巣鴨撮影所に入社、以後各社を転々としながら、劇映画のカメラマンとして活躍。昭和11年皆既日食を記録した「黒い太陽」を監督したのを契機に、記録映画に転じる。12年東宝文化映画部に入り、亀井文夫の下で、「上海」(12年)「戦ふ兵隊」などの撮影を担当し、その透徹したリアリズム撮影で高い評価を得る。その後、柳田國男と出会って民俗学に関心を持ち、秋田の農民生活を記録した「土に生きる」(16年)を監督、撮影する。戦後、三木映画社を設立、教育映画を製作。51年には自ら脚本・監督・撮影・編集による「柳田國男と遠野物語」を製作した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

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