標本(読み)ひょうほん(英語表記)specimen

翻訳|specimen

精選版 日本国語大辞典 「標本」の意味・読み・例文・類語

ひょう‐ほん ヘウ‥【標本】

〘名〙
① 物品の形状、性質などを示すために、その実物に似せて作ったもの。また、その実物の一部。見本となるもの。ひな型。転じて、代表的なもの。まさにそれらしいもの。
※信長記(1622)一五下「つらつら毎物標本(ヒョウホン)のしなじなあるを案ずるに」
② 生物学の研究に必要な資料となる生物個体をさしていうことば。分類学の研究に必要な資料では、適当な処理をして長く保存できるようにした個体で、アルコールホルマリンのような液体につけて保存する浸液標本、乾燥して保存する腊葉(さくよう・せきよう)標本・乾燥標本などがある。生理学・生化学の研究に必要な資料では実験の対象となる生物体の一部または全部をいう。また、教材に用いるものについてもいう。
小学読本(1884)〈若林虎三郎〉五「此等を採収し、能く其の形状を整へ〈略〉美麗なる標本を得べし」
標本調査で、母集団から抽出された資料のこと。サンプル。〔推計学の話(1949)〕
[語誌]②は日本最初の教育博物館の設立(一八七七)を契機にして一般化したと思われる。同博物館の展示用資料一覧表には、「金属標本」「動物標本」「植物標本」「金石学標本」などの語が見える。

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デジタル大辞泉 「標本」の意味・読み・例文・類語

ひょう‐ほん〔ヘウ‐〕【標本】

見本。典型。代表的な例。「俗物の標本のような男」
生物・鉱物などを、研究資料とするために、適当な処理をして保存できるようにしたもの。アルコールホルマリンなどにつける液浸標本、乾燥による押し葉標本や剝製はくせい標本・プレパラート標本などがある。
標本調査で、全体の中から調査対象として取り出した部分。見本。サンプル。
[類語](1見本手本かがみ模範範例サンプルひな型書式/(2剝製

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「標本」の意味・わかりやすい解説

標本
ひょうほん
specimen

動物学や植物学、医学、鉱物学などで研究用または教育用に保存される生物や鉱物をいう。岩石、鉱物、化石などはそのままで長く保存できるが、生物の場合は保存のための処理を必要とする。

 標本には、記載された形質だけでなく、まだ記載されていない多くの形質が含まれている点で、模型とは異なる。適切に保存された標本は、必要なときに何度でも繰り返して調査できるので、種名の同定などの研究資料として欠くことのできないものであり、そのため研究用の標本は長く保存されなければならない。各地の大学や博物館がその任にあたっている。教育用の標本は展示や教材として使われるもので、見る者の関心をひくようなものであることが求められる。標本は多種多様にあるが、この項目では動物と植物の標本を中心に述べる。

 日本の標本保存の歴史はヨーロッパやアメリカに比べるとまだ日が浅い。植物の押し葉標本を例にとってみると、日本の主要な大学や博物館が保存している標本は約50万点であるが、パリの国立自然史博物館のそれは約500万点であり、10倍の標本数がある。

[吉田 真]

標本の分類と製法

標本は、乾燥標本と液漬(えきし)(液浸(えきしん))標本およびプレパラートに大別される。

 乾燥標本は、乾燥によって生物体の組織から水分を除去してつくられる。乾燥標本には、生物体をそのまま乾燥させる乾製標本のほかに、剥製(はくせい)標本や凍結標本が含まれる。

 液漬標本は、生物体を高濃度の液体に漬けてその組織に含まれる水分を除去するか、組織中の体液の濃度を高めることによってつくられる。液漬標本には、アルコール漬けとホルマリン漬けの2種類がある。

[吉田 真]

乾燥標本

(1)押し葉標本 押し葉標本は植物標本のもっとも一般的なものであり、植物の分類や研究に欠かせない資料である。採集した植物を胴乱(どうらん)やビニル袋から出して、まず新聞紙に挟む。新聞紙1ページの二つ折りの大きさ(40センチメートル×27センチメートル)が標準的なものである。これを「挟み紙」という。挟み紙には、採集場所、年月日、採集者などを油性インキで記入しておく。この挟み紙に植物を挟み込む作業が押し葉標本の作成においてもっとも重要である。植物をできるだけていねいに挟み紙の上に広げ、折れた葉や茎をよく伸ばし、大きなものは挟み紙の大きさに入るように挟んでいく。葉の何枚かは裏向きにして、表と裏の観察ができるようにする。

 植物体からの水分の除去を進めるために、挟み紙と挟み紙の間に吸水紙を挿入する。

 こうして順次積み重ねたものの上下を厚い板(押し板)で押さえ、その上に重石(おもし)を置く。押し板の大きさは挟み紙より一回り大きなものがよい。あまり多く積み重ねず、せいぜい20センチメートルぐらいがよい。重石は板状のものがよいが、普通の石でもよい。挟み紙はそのままにして、吸水紙を最初の1~2日は毎日2回、その後の4日間は毎日1回、それ以後は隔日に取り替える。吸水紙は市販のものがよいが、新聞紙を数枚重ねたものでもよい。ただし新聞紙を使う場合は、挟み紙と混同しないように、挟み紙に油性インキなどで目印をつけておく。吸水紙をあまり厚く重ねると、夏には植物が蒸れてだめになることもあるので注意を要する。なお、重石を使わずに乾燥機で乾燥させることも多くなった。

 2~3週間後、葉や茎がぴんと張ったぐらいまでに乾燥した植物を台紙に張り付ける。台紙は新聞紙1ページの二つ折り、またはそれよりわずかに大きいものを用いる。まず標本を台紙にのせ、台紙からはみださないよう注意して位置を決める。最初に根や茎を帯紙(おびがみ)で留め、次に標本の先端部に近い部分を留め、それから葉や枝を留める。帯紙は上質の和紙がよく、これにアラビアゴムを塗って用いる。普通のデンプン糊(のり)は虫に食われることがあり適当でない。またセロファンテープは長期の保存には適さない。標本を張り付けた台紙の右下には、標本名(学名・和名)、採集地、採集年月日、採集者などを記入したラベルを貼(は)る。

(2)コケ類・海藻の乾燥標本 コケ類などは押し葉にせず、土などを取り除いて乾燥させ、紙に包んで保存する。海藻の場合、研究用は液漬標本のほうがよいが、押し葉標本にすることが多い。ただし海藻は大量の塩分や水分を含んでおり、処理には特殊な技術が要求される。

(3)剥製標本 哺乳(ほにゅう)類、鳥類、爬虫(はちゅう)類、両生類、魚類などの標本に用いられる。皮を剥(は)いで肉や内臓を取り去り、かわりに詰め物を入れて形を整えた標本である。

 研究用には仮剥製が、教育用には本剥製が用いられる。剥いだ皮はなめしたり、その内面に焼きみょうばんを擦り込んだりして、毛が抜け落ちたり、変成しないようにする。本剥製標本は、動物が生きているときと同じように見えることが必要で、そのためには、芯(しん)(詰め物)の入れ方など高度の技術が要求される。芯としては、綿、石膏(せっこう)、グラスファイバーなどが用いられる。目にはガラスの義眼を入れ、耳にも芯を入れる。毛が短く、肌が露出しているものでは、筋肉や血管のようすまで生きているときと同じようにつくられなければならない。仮標本ではそこまでは必要ない。哺乳類では、腹部などを切開して皮を剥ぐ。次に、中に綿などを詰めて形を整え、皮を縫い合わせて乾燥させる。

(4)凍結乾燥標本 生物を凍結させたままで気圧を下げ、水分を除去して乾燥させる方法によるものであり、小形の脊椎(せきつい)動物、昆虫の幼虫、花など、普通の乾燥では標本にしにくいものを標本にすることができる。

(5)乾製標本 自然に乾燥させた標本であり、昆虫類、甲殻類、貝類などに用いられる。

 昆虫の場合、展翅(てんし)や展足をすることが多い。展翅は、まず昆虫の大きさに応じて適当な太さの昆虫針(1号から6号まであり、番号の大きいものほど太くなる)を胸部の中央やや右側に刺し、展翅板の中央の溝に昆虫の身体が左右平行になるよう固定する。そして前翅の後端(トンボの場合は後翅の前端)が左右一直線になるようにする。はねは細い紙テープで押さえ、針で留める。次に触角などを形よく整える。展翅が済んだら、防虫剤などを入れた大きな箱に展翅板ごと昆虫を入れて乾燥させる。2週間ほどたって乾燥したあと、展翅板から外して、昆虫を標本箱に移す。展翅は採集したその日にすることが望ましい。日がたって固くなった昆虫は、シャーレなどに水をしませた綿を敷き、その上に三角紙に包んだ昆虫を置いて、蓋(ふた)をして2~3日放置して柔らかくする。カビが生えないようにクレゾールなどを少量入れておく。

 バッタ類は腹部が腐りやすいので、腹部を切開して内臓を取り出し、綿を詰めて形を整える。トンボ類は消化管を抜き取り、マツの葉などを差し込んでからだが折れないようにする。カブトムシやバッタは展足板に昆虫針で留め、足や触角を伸ばす。ごく小さい虫は台紙(名刺のような白く厚手のものがよい)に張り付け、その台紙を針で留める。非常に細い針で昆虫を留め、それを台紙に刺す方法もある。

 トンボなどは大きくて場所をとるので、展翅せず、三角紙に包んだまま保存する場合もある。この場合、採集したトンボの糞(ふん)を出し、からだに芯を入れて三角紙に包んで保存する。

 甲殻類は固い殻に包まれているので標本はつくりやすい。まずピンセットで内臓を取り出し、水洗いして形を整える。次に、板の上に標本を針で留めて固定する。そして10%のホルマリン液に2~3日漬け、陰干しにする。

 貝類の場合には、まず肉を除く。鍋(なべ)に水を入れて貝を入れ、短時間火にかけ、温かいうちに針やピンセットで肉を取り出す。小さな巻き貝はこの方法では肉を取り出すのがむずかしく、腐らせてから取り出すこともある。カメノテ、ヒトデ、ウニ、カイメンなども乾燥標本にしたほうがよい。

[吉田 真]

液漬標本

アルコール漬けとホルマリン漬けがある。アルコール漬けは普通70~80%のアルコール液を用い、ホルマリン漬けは普通5~10%のホルマリン液を用いる。いずれの方法にも一長一短があるので、標本のタイプに応じて適当なほうを選択する必要がある。アルコールは中性であるから、石灰質の表皮や骨格をもつ動物の保存に適している。またホルマリンのように、標本を固くもろくすることはない。しかし、溶媒としての能力に優れているために、標本の色素を溶かし、著しい脱色をもたらすことがある。また揮発しやすい。気をつけていないと保存液がなくなってしまうことがある。ホルマリンに比べ値段も高い。ホルマリンはあまり脱色を促進せず、生物組織を固定する能力も大きい。しかし、標本を固くもろくする欠点がある。さらに、蒸発しやすく有毒なガス(ギ酸)を発生する。ギ酸は石灰質を溶かすので、石灰質をもつ動物の保存には向かない。アルコールもホルマリンも蒸発するのでときどき点検し、減っていれば液を補給する。また、標本を入れて数日すると液が濁ってくる場合には、液を取り替える。標本瓶はガラスの広口瓶がよい。

 液漬標本は、まずその生物を固定し、次に固定された生物を保存液に漬けてつくられる。生物によっては固定液がそのまま保存液(アルコールまたはホルマリン)になるが、無脊椎動物の多くでは固定液は異なる。固定液には、フレミング氏固定液、シャウディン氏固定液、ギルソン氏固定液、ブアン氏固定液、カルノア氏固定液などがある。

 各動物の固定・保存の方法を以下に述べる。

(1)海綿動物 標本全体を80%アルコール液で固定・保存するのがよいが、コストが高いので、一部をアルコール標本、残りを乾燥標本にするのが簡単である。変性アルコールやホルマリンは海綿の石灰質を溶かすので不適である。

(2)腔腸動物(こうちょうどうぶつ) からだが縮んだ状態で標本にするのはよくない。40%ホルマリン液または飽和昇汞(しょうこう)液を急に注いで固定する。メントールなどで麻酔するのも一つの方法である。こうすると、からだの伸びた標本ができる。昇汞で固定したものはよく水洗いし、5~10%ホルマリン液または70%アルコール液に保存する。

(3)環形動物 多毛類はメントールなどで麻酔してから80%アルコール液または5%ホルマリン液で固定・保存する。ミミズなどの貧毛類は水に入れ、70%アルコール液をすこしずつ注いで麻酔する。麻酔された標本を10%ホルマリン液で固定してから5%ホルマリン液または70%アルコール液で保存する。

(4)節足動物 ミジンコ類は5%のホルマリン液で一昼夜固定してから、よく水洗いして70%アルコール液で保存する。ホルマリンに由来するギ酸はミジンコの殻を溶かすので、重炭酸ソーダで中性にしておく必要がある。カメノテ、フジツボは70%アルコール液または3~5%中性ホルマリン液で固定・保存する。エビ類は70%アルコール液で固定・保存する。大形のエビは乾燥標本にしてもよい。カニ類の固定・保存もエビ類と同様である。5~10%中性ホルマリン液に2~3か月保存してから70%アルコール液に移すと、原色がよく保たれる。クモ形類(サソリ類ムチサソリ類カニムシ類ザトウムシ類、クモ類)は70%アルコール液で固定・保存する。アルコールは蒸発して干上がることがあるので、二重液漬けするとよい。

(5)軟体動物 貝類は25%アルコール液で固定し、1~2日後に50%アルコール液に移し、数日たってから75%アルコール液に入れて保存する。頭足類は5%ホルマリン液で固定し、1~2日後に70%アルコール液に移して保存する。

(6)棘皮動物(きょくひどうぶつ) ウミユリ類、ヒトデ類は85%アルコール液で固定・保存する。ウニ類は体内に大量の水分を含むので、初め95%アルコール液に漬けてから80%アルコール液に移し替える。ナマコ類は興奮すると内臓を吐き出したりするので、メントールなどで十分麻酔してから80%アルコール液で固定する。

[吉田 真]

プレパラート標本

小形の動物は液漬標本や乾燥標本では観察しにくいので、プレパラート標本にすることが多い。まず固定液で固定し、カーミンなどで染色してプレパラートにする。

[吉田 真]

標本の保存

標本は分類学には欠くことができない。種や亜種を命名するために使う標本は「模式標本」(タイプ標本)とよばれ、完模式標本は種または亜種を同定する基準となる唯一の標本である。研究用の標本にはラベルをつけ、採集者、採集地、学名、和名、採集年月日、標本番号などを記入しておかなければならない。

 乾燥標本は標本たんすに、液漬標本は標本戸棚や標本棚に収納するのが普通である。収納する順序は、自然分類に従い、まず科に分け、それぞれの科でABC順に属や種を並べる。標本台帳をつくり、標本の収納順序がひと目でわかるようにしておく必要がある。保存する部屋は、低温・低湿度で、温度・湿度の変化が少ない場所でなければならない。標本箱には殺虫・防虫剤を入れ、また標本の変色・脱色を防ぐために陽光の当たらないケースに入れることが重要である。

[吉田 真]

『牧野富太郎編『牧野新植物図鑑』(1972・北隆館)』『渡辺弘之監修『土壌動物の生態と観察』(1973・築地書館)』『水野寿彦監修『淡水生物の生態と観察』(1977・築地書館)』『波辺忠重・小菅貞男著『標準原色図鑑3 貝』(1978・保育社)』『青木良・橋本健一著『昆虫の採集と標本の作り方』(1979・ニュー・サイエンス社)』『野村健一著『昆虫学ガイダンス』(1980・ニュー・サイエンス社)』『藤本一幸著『採集と標本』(1980・保育社)』『牧野富太郎著、本田正次編『原色牧野植物大図鑑』『原色牧野植物大図鑑・続編』(1982、1983・北隆館)』『福島博編『淡水植物プランクトン』(1983・ニュー・サイエンス社)』『水野寿彦著『日本淡水プランクトン図鑑』改訂版(1984・保育社)』『八木沼健夫著『原色日本クモ類図鑑』(1986・保育社)』『吉見昭一・高山栄著『京都のキノコ図鑑』(1990・京都新聞社)』『宮武頼夫・加納康嗣編著『セミ・バッタ』(1992・保育社)』『海野和男・筒井学文・写真『虫を採る・虫を飼う・標本をつくる』(1998・偕成社)』『藤本一幸著『海べの動物』(1999・保育社)』『水野寿彦・高橋永治編『日本淡水動物プランクトン検索図説』(2000・東海大学出版会)』『牧野富太郎著、小野幹雄ほか編『牧野新日本植物図鑑』(2000・北隆館)』


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改訂新版 世界大百科事典 「標本」の意味・わかりやすい解説

標本 (ひょうほん)
specimen

動物学,植物学,地学などの研究や教育に使うために,長期間保存できるように処理した生物の体やその一部,および岩石,鉱物などをいう。標本は乾燥標本,液浸標本,プレパラートに大別できる。岩石,鉱物,化石,貝殻などはそのまま長く保存できるが,その他のものは,生物体の全部または一部を,適当な方法で速やかに乾燥させて,保存に耐える乾燥標本に製作する。植物は水をよく吸う紙などの間にはさみ,重しを乗せて乾燥させ,腊葉(さくよう)とする。哺乳類,鳥類などの脊椎動物,大型の甲殻類などは,肉や内臓を取り去り,皮または外骨格だけを残し,その裏面に防腐剤や防虫剤を塗り,乾燥させて剝製標本に製作する。昆虫は多くは内臓を取り去り,翅を広げた展翅(てんし)標本に製作する。このほか,脊椎動物の骨格標本も乾燥標本である。液浸標本は生物の体全体,またはその一部をアルコール,ホルマリンなどに漬け脱水して保存するもので,とくに解剖用として重要である。プレパラートは微小な生物や,動植物の組織を保存するのに用いられる。

 分類学では,標本は研究上きわめて重要で,これなしには分類学がなりたたない。分類上とくに重要なのは,新しい種類の生物を発見し,それに学名をつける際(命名の際)に用いたタイプ標本(模式標本)である。タイプ標本には,命名する際に調べた標本の中から,著者が一個だけを選んで指定した〈完模式標本〉と,そのような指定をしなかった複数の標本からなる〈総模式標本〉がある。また,総模式標本に別の種類が混じっていたことが判明したなどの理由から,後の研究者が完模式標本に相当するものをその中から指定した〈後模式標本〉,以上のタイプ標本がすべて紛失して研究に支障を生じたため,やはり後の研究者が新たに指定した〈新模式標本〉の4種類がある。分類学では,疑わしい標本はすべてこれらのタイプ標本と比較し,厳密に異同を判定(同定)しなければならないので,これらのタイプ標本は完全な状態で半永久的に保存する必要があり,その保管と研究の場として自然史博物館や腊葉館(ハーバリウム)が発達した。なお,完模式標本が採集された場所で採れた標本を,同地模式標本と呼んでタイプ標本と同様に扱うことがあるが,これは本当のタイプ標本ではない。しかしこのような標本は,個体群を対象にして変異などを研究する自然分類では,個体のタイプ標本よりむしろ重要だとも考えられる。
剝製
執筆者:

標本 (ひょうほん)
sample

統計学用語。集団全体のある標識に関する特性値(平均,分散など)について推論を行うために,その集団から選び出された一部の構成要素のこと。サンプルともいう。標本の選び方を抽出法というが,抽出法は,その方式の相違によって有意抽出法,無作為抽出法に二分され,それらはさらに多くの技法に細分することができる。実際の調査で多用される無作為抽出法(ランダム・サンプリング)によって選び出されたものをとくに無作為標本(ランダム・サンプル)という。この抽出法においては,標本の対語は母集団で,集団の標識全体を考え,各要素に目的に応じて適宜抽出確率を付与したものを母集団という。なお,標識の担い手である構成要素(単位)の集合体そのものを母集団と呼ぶ場合もある。いずれにせよ,標本調査に際してはこの母集団を具体的に明確に規定することが調査の始点であり,重要でもある。
標本調査 →無作為抽出
執筆者:

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「標本」の意味・わかりやすい解説

標本
ひょうほん
sample

研究,調査すべきもの全体のなかから抽出された一部分をいう。標本を抽出することによって,そのものの全体 (母集団) の特性についてなんらかの推論を行うことを目的とするため,母集団をよく代表する標本を抽出することが必要である。推測統計学,特に標本抽出の理論に基づいて行われる。

標本
ひょうほん
specimen

生物,岩石,鉱物などを研究材料として採取,保存したもの。乾燥し,または防腐用の液 (アルコール,ホルマリンなど) に浸して保存する。

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栄養・生化学辞典 「標本」の解説

標本

 →分析標本

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世界大百科事典(旧版)内の標本の言及

【数理統計学】より


[推測統計学]
 ピアソンの研究は記述統計学の完成に大きな貢献をしただけでなく,それから自然に母集団の概念が導入されるような新しい段階にまで到達することができた。母集団とは観測可能な個体からなる集団,あるいは人為的にそのようにみなされる対象であって,それから観測のため抽出された個体,あるいは試行の結果は母集団の特徴を伝える標本である。例えば風邪をひいた高熱の患者n人に,ある解熱剤を与えて平均1℃だけ熱が下がったとする。…

【標本調査】より

…日本の人口や雇用労働者の平均賃金を知る場合などのように,特定の集団を観察してその特徴を数量的に把握する調査を統計調査という。対象となる集団のすべての構成要素を観察する統計調査が全数調査と呼ばれるのに対し,構成要素の一部分しか観察されない統計調査は標本調査と呼ばれる。標本調査は,構成要素の抽出が確率的に行われるか否かによって,無作為抽出法(ランダム・サンプリング)と有意抽出法とに二分される。…

※「標本」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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