三浦黄鶴(読み)みうら こうかく

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「三浦黄鶴」の解説

三浦黄鶴 みうら-こうかく

1764-1819 江戸時代後期の儒者
明和元年生まれ。三浦梅園長男。京坂に遊学,麻田剛立(ごうりゅう),中井履軒とまじわり,皆川淇園(きえん)にまなぶ。帰郷して豊後(ぶんご)(大分県)杵築(きつき)藩につかえ,藩校学習館の教授,郡奉行となった。文政2年1月10日死去。56歳。字(あざな)は修齢,主齢。号は思堂,坦斎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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