ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「三菱グループ」の意味・わかりやすい解説
三菱グループ
みつびしグループ
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…そして45年の敗戦時には,三菱本社(資本金2億4000万円)のもとに分社11社,関係16社,傍系51社が従い,その資本金合計は27億3281万円に達し,とくに造船,航空機,化学工業の分野では日本最大の比重をもっていた。
【財閥解体と三菱グループ】
1945年の敗戦後に占領軍は財閥解体を民主化政策の主軸としたが,社長の岩崎小弥太は自発的な解体に反対し,指令直後に病死した。また,三菱商事は三井物産とともに47年に解散を命ぜられて140余の会社に分散,三菱重工業も過度経済力集中排除法(〈集中排除法〉の項参照)によって3分割されるなど,本社をはじめ三菱財閥もついに解体させられた。…
※「三菱グループ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月節 (12月前半) のことで,太陽の黄経が 285°に達した日 (太陽暦の1月5日か6日) に始り大寒 (1月 20日か 21日) の前日までの約 15日間...