上大原村
かみおおわらむら
[現在地名]磐田市
大原・
大泉町 大和田村の南、今之浦川西岸沿いの沖積平野にあり、大池の南方に位置する。東は今之浦川を挟み西之島村、五十子村(現福田町)。山名郡に属する。天正二年(一五七四)一一月二一日の武田勝頼判物写(掛川誌稿)に「山梨并大原内百貫文」とみえる(磐田郡福田町の→下大原村)。近世初期には南の下大原村(現福田町)と一村で、慶長九年(一六〇四)の於保原郷検地帳(大原区有文書)は一一冊中九冊が残り、反別計一〇三町九反余(うち屋敷二町七反余)。名請人は計九六人。最大の名請人は一二町余を名請していた刑部右衛門で、その名請地のうち七町余は市蔵新田分にあたる。
上大原村
かみおおはらむら
[現在地名]潟東村上大原
井随村の南にあり、東は木滑村(現月潟村)に接し、下大原村と一村のごとく錯綜する。寛永年間(一六二四―四四)の開発で当初木滑村に属したが、承応三年(一六五四)分離改称したと伝える。村上藩領で明暦三年(一六五七)の同藩総検地で三三二石四斗余・二七町九反六畝余が打出され、本田の免二ツ六分(「村麁絵図」竹石家文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
Sponserd by 