上宇津川村(読み)かみうづかわむら

日本歴史地名大系 「上宇津川村」の解説

上宇津川村
かみうづかわむら

[現在地名]美都町宇津川

三隅みすみ川の支流北西流する矢原やばら川最上流に位置し、同川に大鳥おおどり長橋ながはし川が合流する。下流中宇津川村・下宇津川村が続く。森林に囲まれ、大鳥鑪・長橋中ながはしなかたに鑪が栄えた。矢原川に沿って道川みちかわ(現匹見町)に通じる石見安芸道が通る。中世津毛つも郷のうち。慶長五年(一六〇〇)津和野藩領、元和二年(一六一六)幕府領(石見銀山領)となり、翌三年津和野藩領に復し幕末に至った。郷帳類では上宇津川村・中宇津川村・下宇津川村三村を一括して単に宇津川村とみえることが多いが、実際には上・中・下三村に分れていた。正保国絵図に宇須川として、宝永石見国郷村帳では宇津川村として高四五九石余。天保郷帳でも同村名で高九二四石余。明治四年(一八七一)の万手鑑では上組・中組・下組に分けられ、上宇津川村にあたるとみられる上組の古高二七四石余・新田高六〇石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む