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侍所 さむらいどころ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

侍所
さむらいどころ

近侍の者の伺候する場所。転じて職名となった。 (1) 院および親王家,三位以上の摂関家などにおかれ,別当,年預,所司などの職員をおいた。 (2) 鎌倉,室町幕府の職名。平時は守護地頭御家人などを管轄し,非違を検断し,罪人を処罰し,戦時には軍事を指揮した。長官を別当といい,和田義盛が初めて任じられた。室町幕府では,長官を所司または頭人と称し,赤松,一色,山名,京極の4氏が交代でつとめたため,四職 (→三管四職 ) と称せられた。所司のもとに所司代がおかれた。

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デジタル大辞泉の解説

さぶらい‐どころ〔さぶらひ‐〕【侍所】

平安時代、親王摂関公卿家などに仕え、その家の事務をつかさどった侍の詰め所。また、警護の武士の詰め所。さむらいどころ。
さむらいどころ23

さむらい‐どころ〔さむらひ‐〕【侍所】

さぶらいどころ1
鎌倉幕府役所の一。御家人統制のため、治承4年(1180)設置。長官を別当と称し、初め和田義盛が任ぜられ、のち北条氏が世襲。さぶらいどころ。
室町幕府の役所の一。御家人の統制のほかに京中の市政、公武の所領、寺社領などのことを管掌。長官を所司と称し、山名赤松一色京極の四氏が交替で就任。さぶらいどころ。

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百科事典マイペディアの解説

侍所【さむらいどころ】

鎌倉・室町両幕府の機関の名称。元来,三位(さんみ)以上の貴族家における警備の侍の詰所の名であったが,源頼朝は挙兵当初から軍事統率の中心機関として侍所を設け,別当(長官)に和田義盛,所司(次官)に梶原景時を任命した。
→関連項目一色氏鎌倉幕府検断高師泰四座雑色執権執権政治斯波高経所司(日本史)所司代別当室町幕府山名宗全和田合戦

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世界大百科事典 第2版の解説

さむらいどころ【侍所】

当初は平安時代の公家の邸宅で従者である侍の詰める所,伺候する所。寝殿の主屋の周囲の廊の部分をいうこともあり,主殿に付属するものを内侍(うちさむらい),邸内に別にあるものを遠侍(とおざむらい)という。藤原道長の《御堂関白記》長和4年(1015)に,政所,侍所という場所の名称がすでに見える。この侍の詰所から転じて,家人(けにん)(従者)たる侍の組織,機構の意となった。
[公家の侍所]
 例えば1150年(久安6)近衛天皇女御の藤原多子家では,正四位の別当,正六位の侍所長のほか,五・六位の侍数名が任ぜられ,女御家侍所牒(ちよう)を発行して能登国から侍所用途料の布を徴収している。

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大辞林 第三版の解説

さぶらいどころ【侍所】

平安時代、院・親王家・摂関家などに仕える侍の詰め所で、その家の事務を取り扱った所。さむらいどころ。

さむらいどころ【侍所】

鎌倉幕府の政治機関の一。1180年設置。御家人統制や検断沙汰(刑事訴訟)などをつかさどった。長官を別当という。さぶらいどころ。
室町幕府の政治機関の一。京都の警備や検断沙汰などをつかさどった。長官は所司といい、管領に次ぐ重要職で、山名・赤松・一色・京極の四家が交代で任ぜられた。さぶらいどころ。 → 四職ししき

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

侍所
さむらいどころ

「さぶらいどころ」ともいう。平安時代では親王・摂関・公卿(くぎょう)家に仕えて家務をつかさどった家人(けにん)らの伺候する所、また警護にあたった武士の詰所をいった。
 鎌倉幕府の開創とともに政務機関となり、1180年(治承4)和田義盛(よしもり)を長官である別当(べっとう)に、梶原景時(かじわらかげとき)を次官である所司(しょし)に任じて、御家人(ごけにん)の統制と鎌倉市中の警備にあたらせた。1213年(建保1)和田氏一族が滅びてのちは、別当は北条氏執権の兼務、所司は北条氏の家臣である長崎氏の世襲するところとなった。13世紀後半に至り、検断沙汰(けんだんざた)とよばれる刑事裁判機能をもつようになり、その実務は頭人(とうにん)(所司)に率いられた奉行人(ぶぎょうにん)が担当した。
 室町幕府も鎌倉幕府の制に倣い侍所を設けたが、別当は任じられず、所司が長官とされた。戦闘の際の戦功認定などを行う侍所所司は重職で、将軍の腹心の部将が任じられた。14世紀後半になると、それまで検非違使庁(けびいしちょう)が掌握していた京都市中の治安、警察、民事裁判などの権能を吸収し、一方、侍所所司が山城国守護職(やましろのくにしゅごしき)を兼務するのが例となって、侍所は京都の市政機関となった。15世紀になると、赤松(あかまつ)、京極(きょうごく)、一色(いっしき)、山名(やまな)の4家から交替で所司が任じられることになり、四職(ししき)とよばれた。
 なお江戸時代には侍所所司に系譜を引く京都所司代が京都の警衛にあたった。[桑山浩然]

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世界大百科事典内の侍所の言及

【検断(撿断)】より

…また本所は放状(ほうじよう)(不入特権廃棄書)を提出して一円領に武家の入部を要請することもでき,東大寺領黒田荘などにその例がある。 鎌倉幕府では侍所・守護が検断の中心である。侍所は鎌倉市中の警察および全国的な刑事裁判を行う。…

【検断沙汰】より

…幕府の訴訟制度を解説した《沙汰未練書》によると,検断沙汰の対象は,謀叛,夜討,強盗,窃盗,山賊,海賊,殺害,刃傷,放火,打擲,蹂躙,大袋,昼強盗,路次狼藉,追落,女捕,刈田,刈畠であり(大袋・追落は強盗の一種,刈田・刈畠は他人の田畠の作物を強奪する行為),おおむね現在の刑事事件に相当する。 検断沙汰を扱う機関は関東では侍所で,訴人が訴状を侍所へ提出すると,侍所頭人が銘を加えて(訴状の端裏に年月日と訴人名を記す)担当奉行に送る。京都では六波羅探題(九州を除き,美濃・尾張以西を管轄する)の検断方があたり,検断方頭人が銘を加えて奉行に送る。…

【所司代】より


[中世]
 幕府侍所頭人(所司)の代官。所司代は鎌倉時代には知られていないが,南北朝期になると1343年(興国4∥康永2)に都筑(つづき)入道(頭人細川顕氏),1363年(正平18∥貞治2)に若宮左衛門尉(頭人京極高秀)などの名がみえ,侍所の命をうけて洛中の謀叛人や放火殺害人の追捕に当たっている。…

【寝殿造】より

…敷地の南半には大きな池を掘るため,通常南には門がない。中門廊と築地の間に侍所(さむらいどころ),車宿(くるまやどり)などを,敷地の北部には雑舎を建てる。左右対称の殿舎配置が原則である(図1)。…

【殿上の間】より

…また末の柱から校書殿(きようしよでん)の後に綱を張り鈴をつけ,蔵人が小舎人(ことねり)を呼ぶときに鳴らした。侍,侍所,殿上侍,上侍,雲上,雲路等の別称がある。また院の御所にも殿上の間があった。…

【頭人】より

…両幕府の裁判を担当した引付方では,三方あるいは五方等のいくつかの部局で構成されており,その一方(部局)の長官が頭人で,部局を構成する引付衆,奉行人を統率して裁判を指揮した。御家人の指揮や検断(警察裁判)を担当した侍所では,鎌倉幕府においては長官たる別当の腹心として事実上指揮・検断権を行使したのが頭人で,室町幕府においては別当が置かれなかったため,頭人が長官として侍所を管轄した。将軍の家政機関としての政所や文書・記録の保管にかかわる問注所の執事は,室町幕府では頭人とも呼ばれ,長官として政所を管轄している。…

※「侍所」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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