上杉顕房(読み)うえすぎ あきふさ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「上杉顕房」の解説

上杉顕房 うえすぎ-あきふさ

1435-1455 室町時代の武将。
永享7年生まれ。上杉持朝の子。宝徳元年扇谷(おうぎがやつ)上杉家の家督をつぎ,執事の太田資清・資長(道灌)親子に補佐される。享徳4年父とともに,山内上杉房顕をたすけて鎌倉公方(くぼう)足利成氏(しげうじ)と武蔵(むさし)分倍河原(東京都)でたたかう。敗れて同年1月24日討ち死にした。21歳。通称は三郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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