下妻城跡(読み)しもつまじようあと

日本歴史地名大系 「下妻城跡」の解説

下妻城跡
しもつまじようあと

[現在地名]下妻市下妻

下妻台地の南端に位置する中世後期の城跡で、多賀谷(たがや)城ともいわれる。寛正年間(一四六〇―六六)多賀谷氏家の築城と伝えられ(多賀谷家譜)、氏家の弟高経の子家植の入城によって多賀谷氏領の行政的中枢となり、以後、慶長初年まで多賀谷氏歴代が居城とした。

外郭の規模は南北一千五〇〇メートル・東西九〇〇メートルで、北から東は大宝(だいほう)沼、西は砂(さ)沼、南は鬼怒(きぬ)川旧河道に囲まれ、四周とも防御に良好な条件を有していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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