下野庚申堂(読み)しものこうしんどう

日本歴史地名大系 「下野庚申堂」の解説

下野庚申堂
しものこうしんどう

[現在地名]福岡町下野

下野のほぼ中央にある。鎌倉時代初期に、文覚が諸国行脚の途次、この地の人々の信心にこたえ庚申尊天を祀ったと伝える。当地は南北なんぼく街道や中山道西道が通っており、交通の要衝であった。元禄(一六八八―一七〇四)初年頃、荒廃していた堂宇を申堂妙円信女が再興し、現本堂は安永七年(一七七八)建立という。前堂は明治二三年(一八九〇)の建立で、前堂正面の金剛王の大額は山岡鉄舟の書である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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