翻訳|neutron bomb
核爆発によって放出される放射線の割合を増大させ,爆風,熱線,残留放射線の効果を抑制した核兵器。正確には放射線強化弾頭enhanced radiation warheadと呼ばれる。一般に出力10kt以下の核兵器では放射線効果が最大となるが,放射線強化弾頭は放射線(とくに中性子)の放出を増大させた小型(出力1~2kt)の核融合兵器(水素爆弾)である。1978年6月《ワシントン・ポスト》紙がランス・ミサイル用放射線強化弾頭の開発予算がひそかにエネルギー研究開発庁(ERDA)の公共事業費の中に含まれていると報じたことから,アメリカ上院軍事委員会で大論争を生じ,さらにアメリカ,ヨーロッパで人道的立場と核の〈しきい〉を低くするおそれから一大センセーションをまき起こした。
放射線強化弾頭は1958年ローレンス・リバモア研究所で基礎設計が完成し,63年には最初の爆発実験が行われている。当時は,ソ連の大陸間弾道ミサイルの迎撃ミサイルであるスパルタンとスプリントの弾頭用として開発された。ミサイル撃破には,大気圏外では爆風や熱線より中性子が有効と考えられたし,大気圏内では付随的な爆風と熱線は好ましいものでなかったからである。
1950年代からNATO諸国には通常戦術核兵器が配備されているが,ソ連軍の侵攻阻止にこれが使用された場合,阻止に成功しても領土は二次破壊効果と放射能汚染で無惨な被害を受けると考えられる。それに比較して,放射線強化弾頭は強力な放射線で戦車や戦闘装甲車内の兵員を殺害するが建造物の破壊や放射能汚染はわずかで,1~2週間後にはその地域に地上軍が入れるといわれ,戦術核兵器としての配備が検討された。カーター大統領は中性子爆弾の生産を許可しなかったが,レーガン大統領が81年8月,その生産に〈ゴー・サイン〉を出し,アメリカは生産を続けた。フランスは82年10月,一部同盟国に対し中性子爆弾の生産を決定したと非公式に通告したといわれている。
しかし,本来中性子爆弾は,ヨーロッパでNATO軍に比して圧倒的優位であったワルシャワ条約機構軍の機甲軍団による奇襲に対抗するために考慮されたものであって,残留放射能を伴う核兵器であることに変わりはなく,欧州配備にはNATO諸国の承認が必要であった。その後東西の緊張緩和とともに忘れ去られることとなった。
→核兵器
執筆者:劔持 幹人
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
核兵器の一種。原子爆弾、水素爆弾に次ぐ第三の世代の核兵器ともいわれているが、原理的には非常に小型の水素爆弾と考えてよい。アメリカ軍の正式名称では放射線強化兵器(ERW)とよばれている。戦場で使いやすいようにという目的で開発された典型的な戦術核兵器である。爆発の威力と残留放射線は広島型原爆の10分の1あるいは数十分の1程度に小さいが、爆発の瞬間に発生する放射線、とくに人体に即効性のある中性子線を強くし、これで人員を殺傷することをねらっている。熱線や爆風による致死領域よりも、放射線による致死領域のほうがずっと広く、建物や戦車は破壊されずに残っても、中の人間が致死線量以上の放射線を受けることになる。アメリカでは1957年ごろから開発研究が始められ、76年ごろほぼ完成した。カーター大統領はまずヨーロッパに配備しようとしたが、オランダなどの各国で強い反対運動が起こり、生産と配備を一時延期していた。81年8月、レーガン大統領は生産の再開を決定した。最初は155ミリ榴弾(りゅうだん)砲とランス地対地ミサイル用の弾頭がつくられ、ついで巡航ミサイル用の弾頭がつくられた。フランスもアデス短距離弾道ミサイルにERWを搭載する計画であったが、90年6月に政治的理由で中止された。
[服部 学]
『安斎育郎著『中性子爆弾と核放射線』(1982・連合出版)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
小型熱核爆弾の一種で,爆発力と熱発生が少なく,その効果がきわめて局地的であるかわりに,中性子とγ線の発生量が大きく,戦車の厚い装甲や掩蔽(えんぺい)を透過して戦車内や地下壕内の人体殺傷能力が大きい特殊な戦術的核爆弾.通常の熱核爆弾のウランケーシングをクロムやニッケルにかえて,中性子が爆弾の外部に放出されやすいようになっている.残留放射能は少ない.1960年代にすでに開発されているが,非人道的であるとして政治的議論の対象になった.アメリカ,フランス,中国などが所有しているとされる.[別用語参照]原子爆弾
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
…この反応はかなり高い確率で生ずるし,生成した三重水素はさらに(3)の反応に関与することとなる。以上の熱核反応で発生したエネルギーの大部分は質量の小さい中性子が運動エネルギーとして持ち去ることとなり,これが後述の3F爆弾や中性子爆弾の実現を可能としている。 核融合反応を起こすには数千万Kの温度が必要であり,現在地上でこのような温度を作りうる唯一の方法は核分裂反応を用いることである。…
※「中性子爆弾」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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