日本大百科全書(ニッポニカ) 「放射線」の意味・わかりやすい解説
放射線
ほうしゃせん
radiation
ラジオ・アイソトープ(放射性同位体)の崩壊に伴って放出される粒子線を放射線という(放射線が放出される性質を放射能という)が、広義には素粒子や荷電重粒子などの粒子線を含み、光子であるX線も含まれる。
崩壊に伴って放出される放射線は、α(アルファ)線、β(ベータ)線、γ(ガンマ)線の3種である。α線はヘリウムの原子核、β線は電子、γ線は光子でもあり非常に波長の短い電磁波でもあり、いずれも気体や固体を電離する。α線は強い電離作用をもった粒子で、そのエネルギーによって異なるが、数センチメートルの空気で吸収されてしまう。β線は厚さ数ミリメートルのアルミニウムを、またγ線は厚さ数センチメートルの鉛をも貫通する。
[桜井 淳]
放射線の影響と許容線量
原子力施設や原子力発電所では放射線被曝(ひばく)が問題となるが、その大部分はγ線とβ線に原因している。人間が被曝した放射線の量はシーベルトSvを単位として表されている。もともとX線はレントゲンを単位として表されており、それは1立方センチメートルの標準状態の空気中に1静電単位のイオンを生じるだけのX線の量と定義されている。障害を生じるのはX線だけでなく、ほかのあらゆる種類の放射線にも共通するため、1レントゲンのX線と同等の物理的効果を生じる放射線の量を求め、それを単位として測った線量をシーベルトということにしている。放射線はその種類によっても、また粒子エネルギーによっても、それぞれ生物体に与える影響はさまざまである。物質に放射線が照射されるとき、物質の受けるもっとも著しい変化は、原子内の電子が放射線によって跳ねとばされてイオンがつくられる電離作用である。生物体の障害もこの電離作用が原因と考えられるので、線量の定義もこれを基礎にして組み立てている。
X線による診断が普及し始めた1930年ごろ、X線の許容線量の国際勧告が専門機関によって初めて出されたが、そのときの値は1日に0.2レントゲンであった。許容線量をさらに切り下げるべきだという議論が国際的におこったため、アメリカでは原子力発電所の環境基準として、敷地周辺において1年に0.05ミリシーベルト以下、人口大集団での平均では0.01ミリシーベルト以下にすることを1972年に決めた。日本の原子力委員会もそれに倣って1975年(昭和50)に原子力発電所周辺の線量目標値を1年に0.05ミリシーベルトとすることを決定した。人間は6シーベルト以上の線量を全身に浴びると、ほとんどの場合死亡する。5シーベルトだと、病院の手厚い看護を受けても死亡する場合が少なくない。ところが1シーベルト以下だと、ほとんど自覚症状も出ない。そして0.25シーベルト以下であると、血液検査など通常の臨床検査では異常を認めることができない。しかし、急性障害はおこらなくても、低い線量でも放射線障害は決してゼロにはならず、遺伝障害や晩発性障害のリスクが残ることが明らかになってきた。放射線の恐ろしさ、障害防止のむずかしさが認識され、許容線量の切り下げの歴史が始まった。
日本では現在、放射線の許容線量は法令によって定められている。1977年の国際勧告をもとに決められたもので、職業人に対しては1年に50ミリシーベルト、一般人にはその50分の1を最大許容量としている。職業人とは放射線を扱う職場で働く人で、彼らの安全のため、個人の被曝する放射線量の測定と定期的な健康診断を義務づけ、十分な防護措置や遮蔽(しゃへい)環境などが設けられている。また、医療用放射線の使用、X線撮影などの検査等に際しても、職業人はもちろん、患者・被験者など関係者のための十分な防護措置、安全対策と基準が設けられている。
[桜井 淳]
放射線防護
原子力施設や原子力発電所では、放射線被曝をできるだけ低く抑えるために、種々の遮蔽設計が施されている。さらに、施設内の放射線レベルは絶えずチェックされ、放射線管理には細心の注意が払われている。放射線環境下で働く人々は、フィルムバッジ、フィルムリング、ポケットチェンバー、アラームメーターなどを身につけ、全身および局部的な被曝線量をつねに知ることができる。フィルムバッジは被曝線量を測定するもっとも一般的な方法であり、特殊フィルムを収めたバッジを衣服のポケットなどにつけておき、一定期間ごとに現像処理することにより、その黒化度からその人が被曝した全線量を知ることができる。フィルムリングは、フィルムバッジを指輪形にし、とくに手先の被曝線量を測定することを目的にしている。ポケットチェンバーは、イオンチェンバーを万年筆程度の大きさにし、携帯に便利なようにした線量計である。使用前に帯電させておき、一定時間後に放射線によっておこった放電量から被曝線量を直読できる仕組みになっている。ポケットチェンバーは、フィルムバッジやフィルムリングと異なり、いかなる場所でもすぐに被曝線量を直読することができる。アラームメーターは、被曝量が設定値に達したときアラームを発する仕組みになっており、原子力発電所内の放射線レベルの高い場所で作業する場合に用いられる。管理区域の出入口にはハンドフットモニターが常設されており、手足の放射能汚染を調べることができる。一定時間の計測後、汚染の有無が表示されるが、アラーム設定値はフォールアウト(地表に降ってくる放射性降下物)の放射能レベルにしてあるのが一般的である。非常に感度のよい検出法が適用されているといってよい。
[桜井 淳]
放射線検出法
放射線の検出法は、放射線の種類によって異なるが、もっとも一般的でしかも容易なのがγ線の検出法である。γ線検出器として広く利用されているのはゲルマニウム半導体検出器であり、波高分析器と組み合わせて核種分析、放射能の絶対測定などに用いられている。この検出器は、γ線の固体中での電離作用を利用したもので、その分解能は1メガ電子ボルトのγ線に対して約2キロ電子ボルトである。この検出器と信号増幅系、8000チャンネル波高分析器(パルスハイト・アナライザー。通常パルハイとよばれている)を組み合わせたものが標準的な測定系とされている。測定データが多い場合は、波高分析器のかわりにコンピュータが利用され、作業の能率化が図られている。
[桜井 淳]