中村輝夫(読み)ナカムラ テルオ

20世紀日本人名事典 「中村輝夫」の解説

中村 輝夫
ナカムラ テルオ

昭和期の陸軍軍人 終戦後もフィリピンにいた台湾高砂族出身日本兵。



生年
大正8(1919)年10月8日

没年
昭和54(1979)年6月15日

出生地
台湾・台東庁新港区

別名
幼名=スニヨン,中国名=李 光輝

経歴
旧日本領時代の台湾の高砂族(山地人)のアミ族の農家の出身で、公学校(高砂族理蕃のための小学校)卒。昭和18年特別志願の高砂挺身隊員として出征、インドネシア東部モロタイ島の第2方面軍第2遊撃隊に編入された。373人の挺身隊の半数以上が戦死した中で生き残り、戦後もジャングルに潜伏。49年12月モロタイ島山中でインドネシア兵に発見・救出され、50年1月故郷の台湾に奇跡の生還をとげた。のち戦後再婚していた妻と復縁し、台東県で農業に従事した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中村輝夫」の解説

中村輝夫 なかむら-てるお

1919-1979 昭和時代前期の兵士。
大正8年10月8日生まれ。旧日本陸軍一等兵。日本統治時代の台湾高砂(たかさご)族(高山族)のうちのアミ族の農家の出身。1943年高砂挺身(ていしん)隊員としてインドネシア北東部のモロタイ島に上陸。半数以上が戦死したが,生きのびてジャングルに潜伏,1974年救出された。1979年6月15日死去。61歳。台湾名はスニヨン。中国名は李光輝。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「中村輝夫」の解説

中村 輝夫 (なかむら てるお)

生年月日:1919年10月8日
昭和時代の陸軍軍人
1979年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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