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丸屋九兵衛 まるや くへえ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

丸屋九兵衛 まるや-くへえ

?-1788 江戸時代中期の一揆(いっき)指導者。
山城(京都府)伏見の町年寄。天明5年伏見奉行小堀政方(まさみち)の御用金賦課などの苛政(かせい)に対し,文珠九助(もんじゅ-くすけ)らと江戸の寺社奉行へ越訴(おっそ)した。政方は罷免となったが,九兵衛は取り調べ中の天明8年1月23日病死。死後,九助ともども無罪となる。

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朝日日本歴史人物事典の解説

丸屋九兵衛

没年:天明8.1.23(1788.2.29)
生年:生年不詳
天明5(1785)年山城(京都府)伏見町民一揆の指導者のひとり。伏見京町北7丁目の住人。農業のかたわら町年寄を務める。伏見奉行小堀政方の苛政を糾すべく,文珠九助らと共に江戸出訴を計画。成功するが,のち京都と江戸での長い取り調べで病をえて,江戸で死去した。<参考文献>『京都の歴史』6巻

(藪田貫)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

丸屋九兵衛
まるやくへえ
(?―1788)

江戸後期の義民。山城(やましろ)国伏見(ふしみ)(京都市)の町人で、1785年(天明5)伏見奉行(ぶぎょう)小堀政方(まさかた)の増税と御用金賦課に対し、町民代表の1人として江戸直訴をした(天明(てんめい)伏見騒動)。寺社奉行への越訴(おっそ)は成功したが、文珠九助(もんじゅくすけ)らとともに取調べを受けている間に牢死(ろうし)した。京都市伏見区の御香宮(ごこうぐう)神社に犠牲者の顕彰碑がある。[横山十四男]

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